エロティック・ジュエリー ~ときどき淫らな子爵さま~ 《 第一章 01

 目覚めは日の出よりも早く、いつも決まった時間にピタリと起きる。
 ほどよく焼けたトーストに甘すぎないイチゴジャム、それからトロトロのスクランブルエッグと濃厚なミルク。それを黙々と食べるのが、お決まりの朝。
 ダリアの自宅は長屋だ。これといって秀でた特徴はなく、強いて言えば薄汚れた白壁がトレードマークの三軒長屋は職場であるニューウェイ美術館から徒歩5分ほどのところにある。
 実家は馬車で数時間かかる郊外の農家。15歳のときに実家を出て奨学金で5年制のスクールに通い始めた。ニューウェイ美術館に就職したのはいまから半年ほど前のこと。およそ5年半のあいだ、実家へは一度も帰っていない。

(帰る暇もお金もないしね)

 背すじをピンと伸ばして椅子に浅く腰掛けていたダリアはもぐもぐと小刻みに口を動かしながら窓の外を眺めた。薄手の白いカーテンの向こうを牛乳配達の少年が通り過ぎたところだった。

(……元気にしているかしら)

 田舎には歳の離れた弟と妹を残してきている。スクール在学中はがむしゃらに勉学に励み、小さな美術館の学芸員として採用された。生活費と奨学金の返済、それからとある目的の積立金以外はすべて仕送りにまわしている。長女としての気概だ。


 粛々と朝食を終えたダリアは手早く身支度を済ませて家を出た。
 詰襟のシンプルな紫色のドレスはダリアの定番。同じものを何着も持っている。
 長い裾を控えめになびかせて坂をのぼり、丘の上のニューウェイ美術館を目指す。
 こぢんまりとした赤煉瓦造りの独立した建物がダリアの目的地だ。美術館のまわりには背の高い木が三本、植えてある。建物の規模はそう大きくないが、昇り始めた朝陽を背景に堂々と建立している。
 趣深い正面玄関を通り過ぎて裏口へまわる。美術品の管理を任されているダリアはいつも職場に一番乗りだ。
 警備室でセキュリティチェックを済ませ、当直の警備員に挨拶をして、何重にも掛けられた鉄扉の鍵を開けてなかへ入る。

(今日は少し湿っぽいわね)

 温湿度計を確認したあと、ダリアは除湿剤を取りに用具倉庫へ向かった。美術品が傷まぬよう、温湿度管理は徹底している。
 朝早くから夜遅くまで、とハードな日々だが不満はない。
 ニューウェイ美術館の学芸員という仕事は定員一名に対して百人近くが応募するという大変な倍率だった。給金が高いというほかにも、シティの後援と歴史があるニューウェイ美術館の学芸員は栄誉極まりない職務なのである。
 応募者のなかには美貌の館長を目当てにした女性も少なくなかったというのは、そういうことに疎いダリアが知らぬところだ。むしろ疎いからこそ彼女が採用されたのかもしれない。

前 へ    目 次    次 へ