俺さま幼なじみとの溺愛同居 《 08

 入社式までは毎日が過ぎるのが遅く感じた。しかし入社式を終えて新人研修が始まると、毎日が飛ぶように過ぎていった。
 研修の最終日。夕刻、カンファレンスルームを出たときだった。

「時任さん!」

 だれかにうしろから呼び掛けられた未来は足を止めて振り返った。

「あ……ええと」

 研修のあいだずっと席がとなりだった男性だ。初日に全員が自己紹介したものの、彼の名前は思い出せなかった。

「ねえ、このあとひま? 飲みに行かない?」
「え――」

 周囲に勧められるまま女子校、女子大へと進学してきた未来だ。男性からのこういう誘いにはまったくもって慣れていない。

(どうしよう。よく知らないひとと飲みに行くのは気が引ける)

 未来はうつむいたまま視線をさまよわせる。

「今日は、ちょっと」
「え、なにかあるの? 少しでもいいからさ。いい店知ってるんだ」

 じり、と彼が近づいてきた。未来は肩をすくませる。

「――新入社員はこのあと自宅に戻って報告書を作成、じゃなかったか?」

 身の毛もよだつ、というのはこういうことだろうか。その低い声がだれのものなのか、未来はすぐにはわからなかった。

「新人はさっさと家に帰れ」

 弘幸は未来と男のあいだに立ってふたりをそれぞれ見下ろした。にらまれているわけではない。しかし、長身の彼がそうして見下ろすだけですさまじい威圧感だった。

「は、はい」

 声を掛けてきた男性はそそくさと立ち去り、すぐに姿が見えなくなった。
 未来はおそるおそる弘幸を見上げる。あいかわらず機嫌が悪そうだった。

「わ、私も早く帰って報告書を……」

 こんなところで油を売ってるんじゃない、と咎められるだろうかとビクビクしながらハンドバッグを握りなおす。

「おまえ、もうちょっとしっかりしたほうがいいんじゃないの。ああいうのはハッキリ断らないとダメだ」

 デコピンされた。ちょっと痛い。未来は額を押さえながら、口をあまり開かずに言う。

「そう――ですね。助けてくださってありがとうございます、佐伯主任」

 弘幸が首から下げているネームプレートに書かれた彼の肩書きをそのまま読み上げると、弘幸は「え」と声を出して目を丸くした。

「ん、うん……まあ、わかればいい。じゃあな」

 ぶんっと一回だけ大きく、荒っぽく手を振り、彼がきびすを返す。

(……どうしたんだろ?)

 未来は首を傾げた。耳まで真っ赤になっている弘幸を、頭に疑問符を浮かべたまま見送る。

(さて、帰って報告書を作って……それからご飯も作らなくちゃ)

 ――弘幸は、何時に帰ってくるだろう。

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