スパイラル・ストラップ 《 02

 もう、再会することはないだろうと思っていた。
 決してよい始まりだったとは言えないが、こうして彼の姿を目にしているいま、これを運命だと感じずにはいられない。

「先日は本当に申し訳ございませんでした。ええと……齋江さん」

 男性は優香の首から下がっているネームプレートを見ながら申し訳なさそうに言った。

「いっ、いえ、とんでもございません」

 優香はあわてて椅子から立ち上がり、男性――神澤 悠人《かんざわ はると》と向かい合った。

(まさか同じ会社だったなんて……!)

 本日付けでこの部署に主任として異動してきた彼は気遣わしげに「電話、どうなりました?」と訊いてくる。優香はポケットから真新しいスマートフォンを取り出して彼に見せた。また落として壊れてはたまらないから、命綱さながらスパイラルストラップをつけている。

「あ、このとおり……新品になりましたので、かえってよかったです」
「そうですか」

 安心したように彼が笑う。優香もつられて顔をほころばせる。

「でも正直、電話を踏むってことめったにないから何だか爽快だったんですよね」

 あのバキッていう音が特に、とほほえんだまま付け加えられ、優香はしばし固まる。

(え……えっ!?)

 ――いま彼は何と言った?

 頭のなかを、「爽快だった」という彼の低音ボイスが駆けまわる。どれだけいい声でそう言われようとも、踏まれて壊れたのは紛れもなく私のスマートフォンだ。
「これからどうぞよろしくお願いします、齋江さん」
 不敵に目を細める、神澤は自分のデスクへ帰っていく。優香は小さな声で「よろしくお願いします」と返して席についた。

(な、何だか悪寒が……)

 オフィスは暖房がよくきいているというのにぞくぞくする。彼の笑みが頭から離れない。それは、恋い焦がれているのだとかそういうたぐいのものではない。もっとべつの、嫌な予感である。
 そしてその嫌な予感は、見事的中することになる。

「齋江さん、これよろしくね」
「ああ、ついでにこれも」
「これも、頼んだよ」

 爽やかな笑顔で神澤は次々と仕事を振ってくる。どう考えても、ほかの社員よりも割り振られている量が多い。
 そのせいで優香は連日、残業を強いられている。

(あの鬼畜ドS上司いぃー!)

 深夜のオフィス、使い込んだノートパソコンの前で優香は叫んだ。ほかにもまだ人がいるので、心の中でだけだ。ひたすら指を動かしながら、優香は彼のことを考える。

(それにしても、主任――他人のスマホを踏んで爽快だったなんて、ホントどういう神経してるの!?)

 爽やかな見た目とは裏腹に、きっと性根は鬼畜なのだろう。それが仕事にも表れている。

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