秘されし、その甘やかな救済 《 第一章 04


「……公爵さまは、ご兄弟はいらっしゃるのですか?」
「いない。だからずっと妹が欲しかったんだ」

 碧い瞳がチラリとこちらを見やる。ラティーシャはなぜかどきりとしてしまった。

「こ、公爵さまは酔っておいでですから、あれですけど……よく知りもしない人間を邸に招き入れて介抱させるのは、いささか危険かと存じます」

 妹が欲しかったから、という理由で邸に引き込まれたのはわかったが、それにしてもあまりに短絡的だ。ラティーシャは暗にそれを咎めた。

「……そうだな。よく知りもしない人間ならば、な」

 公爵はどうしてかクスクスと笑っている。

「な、なぜ笑うんですか?」
「なぜだろうな……。きみと話していると、楽しい」

 公爵は体ごとこちらを向いて、顔をのぞき込んでくる。

「――!?」

 いきなり間近に迫られ、ラティーシャは顔を引きつらせた。

「……一緒にベッドで眠ってもらえないか?」
「はぁっ!?」

 ラティーシャは頓狂な声を出して目を見張る。
「寒くて眠れないんだ……」
 マティアスは大仰に両腕をさすっている。

「お言葉ですが、このお部屋の中はとても暖かいです」

 むしろ暑いくらいだ。ところが、マティアスは悩ましげに額を押さえて言う。

「ああ、めまいがしてきた」
「お医者さまを呼ばれたほうがよいかと」
「いやだ。医者は嫌いだ」

 そう言って口を尖らせるさまはまるで子どもだ。駄々をこねる、大きな子ども。
 マティアスがラティーシャに詰め寄る。

「俺と触れ合うのが嫌なら、きみはシーツにくるまって眠るといい」
「そんな……」

 なぜそこまでして公爵とベッドを共にしなければならないのだ。

「私はもう失礼します。公爵さまはすっかりお元気のごようすですから」

 ベッドから立ち上がるラティーシャの長衣の、今度は裾をつかんでマティアスは待ったをかける。

「行かないでくれ……。寂しくて死んでしまいそうだ」

 ――大の男が。27歳にもなる成人男性が。捨てられかけた動物のように潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

「……公爵さまが眠るまでなら」

 ついに折れたのはラティーシャのほうだ。

「ありがとう!」

 パアッと表情を明るくさせたマティアスはいそいそと上着を脱いでベッドに上がり、ラティーシャに向かって手招きをする。

「さあ、おいで。シーツでくるむとしよう」

 承諾したものの、やはり煮え切らない。マティアスは両手いっぱいにシーツを広げている。

「失礼、します……」

 靴を脱いでベッドに上がり込むなりシーツで体をぐるぐる巻きにされ、身動きが取れなくなった。そうは言っても、力を入れれば抜け出せるていどの拘束だ。
 ラティーシャがベッドに横たわる。その反対側にマティアスの顔があった。こちらに気を遣って、ベッドの端のほうにいるのだと思われる。

「早くお休みになってください」

 マティアスはラティーシャの顔をしげしげと見つめていた。眠りそうな気配が微塵もない。

「うん。きみが目を閉じてくれたら、俺も眠るとしよう」

 しぶしぶラティーシャは目を閉じる。

(寝入ってしまわないようにしなくちゃ……。公爵さまが眠ったら、出て行くんだから)

 意識をしっかり保っていなければ。
 しかし、ついまどろんでしまう。神殿での業務は体力勝負だ。ふだんならばもうとっくに寝入っている時間である。

「……おやすみ、ラティーシャ」

 まどろみの中、名前を呼ばれたような気がした。

(わたし……名乗ったかしら……)

 ラティーシャは肩にかすかな一定のリズムを感じながら、深い眠りに落ちていった。

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