秘されし、その甘やかな救済 《 第二章 03

 ルーサーに応接室へ案内されたラティーシャはそわそわとして落ち着かなかった。ルーサーのほかに女性の使用人が二人、同じ部屋にいてくれているのだが、彼女たちはルーサーと同じく扉の前に立っているだけだ。会話をするような雰囲気ではない。
 ラティーシャは差し出された紅茶をひとくちだけすすり、ひそかにため息をついた。

(……私、どうしてしまったんだろう)

 ――公爵さまに、早く帰ってきて欲しいと思うなんて。
 なぜ彼の帰りを待ちわびているのか、自分のことなのに説明がつかない。

「……ラティーシャ様。もしやご気分が優れませんか?」
「い、いいえ。平気です」

 ラティーシャはルーサーに向かって言った。うつむいてばかりいたので誤解を与えてしまったようだ。

「あの……ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございません」

 ラティーシャが謝ると、ルーサーは「ふっ」と笑みをこぼした。後ろへ撫でつけられた銀髪は生真面目な印象だが、そうして笑うと幾分か親しみやすくなる。

「お気になさらないでください。むしろありがとうございます、マティアス様を頼っていただいて。ラティーシャ様もご覧になったでしょう? マティアス様のあの嬉しそうなお顔を」
「え……っと」

 返答に困ってラティーシャは口ごもる。

「じつはマティアス様はずいぶん前からラティーシャ様のことをご存知だったのですよ」
「そう……なんですか」

 公爵と我が兄は友人関係のようだから、兄が私のことを話していたのだとしたら別段おかしなことではない。

「……マティアス様は、あなたに救われたのです。それ以来、マティアス様は変わられた」
「え――」

 それは、泥酔した彼を介抱したことをさしているのだろうか。
 それを確かめようとしていると、

「戻ったぞ」

 応接室の扉からマティアスが顔を出した。ラティーシャの胸がトクンと跳ねる。

(あ、あれっ? 早く帰ってきて欲しかったはずなのに、どうしてまだ落ち着かないんだろう)

 ラティーシャは「あ、う」と挙動不審になりながらも何とか「お帰りなさいませ」と言う。

「ああ……平気だったか? ラティーシャ」
「はい。いろいろと本当にありがとうございます」

 マティアスはラティーシャの向かいのソファに腰を下ろした。女性の使用人が彼に紅茶を淹れる。

「ラティーシャ、ひとつ提案なんだが……しばらくこの邸に滞在しないか?」
「えっ!? いえ、そんなわけには参りません」
「しかし、宿舎に寝泊まりするのは危険だ。あの男……きみになにをするかわからない」

 マティアスが秀麗な眉根を悩ましげに寄せる。

「……実家には、帰りたくないだろう?」

 ラティーシャは目をみはった。
 彼は兄からどこまで事情を聞いているのだろう。

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