秘されし、その甘やかな救済 《 第二章 09

 なにもかもがふわふわとしていて、すべてが夢見心地だった。

「出会って間もない俺の言うことなんて、信じられないか?」

 ラティーシャはふるふると首を横に振る。

「信じて、います……」
「それは……俺の妻になってくれるのだと曲解してしまうな」
「いえ……それは……まだ……」

 マティアスのことを信頼はしているが、自分自身が彼を愛することができるのか自信がない。

(どれだけ厭わしくても……私はあの父の子だもの、血は争えない。私も……元来は父のように浮気性かもしれない――)

 そう思うと、ひどく心が痛んだ。だから、だれとも結婚したくないのだ。傷つきたくない。傷つけたくない。なにもなければ、だれも傷つかない――。

「独り、というのは虚しいものだよ、ラティーシャ」

 うつむいていたラティーシャが顔を上げる。

「万人がそうだとは言わない。だが少なくとも俺はそうだし、ラティーシャも同じだと俺は思う」

 碧い瞳に射抜かれる。本当にそうなのではないかと思えてくる。

「先に触れ合ってみないか? そうすれば互いのことがよくわかる」
「触れ、合う……?」

 頬を赤く上気させたラティーシャをマティアスはじいっと見つめ、その視線を少しも外さない。

「俺はもっと触れたい。きみの、いろんな箇所に。触れて……知りたい。きみのすべてを」

 マティアスは手にしていたラティーシャの長い銀髪先をスルスルと手繰り寄せて、それ以上は手もとに引き寄せられなくなると今度は彼自身の手を髪の根のほうまで移動させた。その手でそっと頬に触れる。

「嫌なら振り払ってくれ。あの男にしたように、思いきり」

 触れるか触れないかの位置にあったマティアスの手が、しっかりとラティーシャの頬とあごをつかむ。
 体に力が入らない。両手はピクリとわずかなら動くものの、意思を持って彼を振り払おうとはしない。
 ――お酒のせい?
 レイヴンに迫られたときも、心臓がうるさかった。いまだって高鳴っているけれど、レイヴンのときとはまったく違う。体は火照り、甘く焦れているようだった。

「ラティーシャ」

 それが、最終確認だった。
 唇が重なる瞬間は時の早さが半分になってしまったのではないかと思うほどだった。
 ゆっくりと押し重ねられた唇は熱く、口と口を合わせているのだと実感させられる。しかしそれが不快だとは感じなかった。
 唇が、またゆっくりと離れる。マティアスはラティーシャの反応を見ているのか、彼女をじいっと観察する。

「嫌じゃ、ない……か?」

 ラティーシャは素直にこくっと小さくうなずいた。
 マティアスは安心したように息をつき、あらためてラティーシャの頬から首のあたりまでを手のひらで覆う。

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