秘されし、その甘やかな救済 《 第三章 02

「どこに触れればよいのですか?」
「どこでもいいわよ。しいて言えば花びらかしら。茎は棘があって痛いから」
「わかりました」

 あまり強く触れては花びらが落ちてしまうので、慎重に、そっと花弁に手を伸ばす。指先が、ほんの少しだが花びらに触れた、そのとき。

「――!」

 どこからともなく強い風が吹いた。ラティーシャの長い銀髪をひらひらと揺らす。巻き起こった強風に驚いてラティーシャはとっさに目を閉じた。風がおさまったころに、ゆっくりと目を開ける。
 目の前に、顔があった。

「やっほー! 初めまして、僕アドニス。神様やってまーす」
「――!!?」

 ラティーシャはドスンと大きな音を立てて尻もちをつく。大理石の床はお尻に優しくない。地味に痛い。
 目を白黒させながら、ラティーシャは『神』を名乗るその少年を見上げた。萌黄色の髪と瞳の美しい少年はいたずらが成功したときのようにニヤニヤと顔をほころばせている。

「もう、アドニス様。そうやって新人の巫女を驚かせるのはおやめくださいな。みんな尻もちをついて、しばらくお尻が痛くなってしまうんですから」
「ごめんごめん、つい楽しくて。ほかに娯楽もないからさぁ」

 萌黄色の髪の少年――アドニスは小首を傾げてポリポリと頬をかいている。

「あ、あの……お姉さま。これはいったいどういうことでしょうか?」

 ラティーシャはお尻に手を当てながら何とか立ち上がり、イザベラに尋ねた。

「どういうこと……と言われると説明に困るわね」

 イザベラは悩ましげにあごに手を当てる。

「その蔓薔薇に触れることでアドニス様――神様のお姿が見えるようになるの。彼の姿が見えるようになれば、晴れて巫女というわけね」

 ラティーシャはパチパチとまばたきをする。

「では、昇格試験は合格ということでしょうか?」
「そうね。アドニス様は万人拒まずだから、よほどのことがなければ大丈夫なのよね」
「ちょっとぉ、イザベラー?」

 アドニスが口を尖らせてイザベラを咎める。いっぽうのイザベラは少しだけ肩をすくめた。

「ああ、巫女の仕事の一つはアドニス様のお話し相手になってさしあげることよ。アドニス様はこの祈りの間から出ることができないの。だからいつも暇を持て余していらっしゃるのよ」
「ええっ、イザベラ! その言い方は何だかなぁ。僕が暇人みたいじゃないか」
「ふふ、申し訳ございません。口が過ぎましたわ」

イザベラはそう言ったが、悪いと思っているようではない。飄々としている。

「それじゃあ、ごゆっくり。私は先に戻ってるわね」

純白の長衣をひるがえしてイザベラが去る。残されたラティーシャはいまだに戸惑いを隠しきれない。

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