秘されし、その甘やかな救済 《 第三章 07

 遠方での視察を終えて邸に戻ったのは深夜だった。
 マティアス・エルフォードは自室ではなく、ゲストルームへと急ぐ。明かりの消えた部屋を、返事は期待せずにノックする。案の定、中から「どうぞ」という声は返ってこない。合鍵を使ってゲストルームの中へ忍び込み、そこで眠る彼女の顔を見下ろした。
 ラティーシャはあどけない顔ですやすやと眠っている。マティアスは窓際から椅子を持ってきてベッド脇に置き、そこへ腰かけた。脚を組み、円卓に頬杖をつく。

(ここのところ、ろくに会話もしていない)

 顔を合わせるのは朝食のときくらいだ。使用人の目もあるため、朝食の場で彼女を口説くわけにもいかない。マティアスはなかなかラティーシャとの仲を進展させられずにいた。

(先日は早まったことをした。酔った勢いというのは恐ろしい)

 すやすやと眠るラティーシャの頬をそっと撫でる。この子は男性不信なのだ。それなのに、いきなりあのようなことをしては怖がらせるだけだ。挙句にラティーシャは気を失ってしまい、あせった。すぐに医者に診せると、ただ疲れて眠っているだけだとわかって安堵したのと同時に、無理をさせてはいけないと思った。

(ラティーシャは勤勉だからな……。どんなに体がつらくとも必ず神殿に出仕する)

 いまの彼女は昔の自分を見ているよう。ラティーシャが巫女見習いになった、三年前の自分だ。
 三年前もいまと同じで働き詰めの毎日だった。ただ、いまと違うことがひとつだけある。父の急逝であわただしく公爵位を継いだあの頃はまわりがすべて敵に見えていた。自分の殻に閉じこもっていたのだ。
 なにをするにも他人には任せられず、すべて抱え込み、睡眠時間を削ってただひたすら仕事をこなす日々だった。
 そんなとき、ラティーシャに出会った。いや、彼女は覚えていないようなので、一方的に知ったというほうが正しいかもしれない。

「お顔の色が優れませんね。神殿内で少しお休みになってはいかがですか」

 神殿の廊下ですれ違ったときにそう声を掛けられた。
 一目で、彼女に魅入った。
巫女見習いになったばかりの頃の彼女はいたいけであどけなく、そこには何の意図も感じられなかった。ただ純粋に体を心配してくれているのだと、そう感じた。
 いま思えば、『巡礼者の顔色がすぐれないときは奥の間で休ませること』という神殿の規則を律儀に守って声を掛けてきただけだと思うが、マティアスにとっては運命的な出会いだった。
 そのあと、マティアスはラティーシャのことを徹底的に調べた。旧友である神殿長オズウェルの妹だと知り、オズウェルにラティーシャを紹介してほしいと頼んだが断られた。ラティーシャは男性不信なのだとオズウェルに聞かされ、へたに言い寄って嫌われたくないという思いから尻込みした。

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