秘されし、その甘やかな救済 《 第三章 13

「わ、わたし……っ。マティアスさまには救われてばかりだな、と――」

 ぼろぼろととめどなく涙をこぼすラティーシャをマティアスはおろおろとしたようすで見守る。

「俺にできることなんて……たかが知れている」
「そんなことありません」

 目もとを押さえたままラティーシャはぶんぶんと首を横に振る。

(涙が止まらない)

 なにに対して涙を流しているのか自分でもわからなくなってきた。祈りの間を再建してくれたマティアスに対して、感謝だけでなくほかの――よこしまな感情を確かに抱いている。この想いの正体は、もうわかっている。

「……ラティーシャ」

 名を呼ばれたので顔を上げると、彼の手がこちらに向かって伸びてきていた。その手はそのままためらいがちに肌に触れ、目じりの涙をぬぐう。濡れた指先が頬を伝う。そのあとの行為を予告するかのように、指は唇をたどる。
 ラティーシャは目を閉じようとした。

『ひゅーひゅー!』

 閉じかけていた目をあわてて見開く。

「い、いま……声が」
「ああ、俺にも聞こえた」

 声がしたほうをふたりして振り返る。

『やっっっほーーー!!』

 そんな能天気な掛け声とともに石の陰から現れたのは、背中に羽根が生えた――小さなクマだ。萌黄色の小さなクマはふたりのあいだをすり抜けてぐるぐると体を回転させながら宙を舞う。

「えっと……どちらさまでしょうか」

 ラティーシャはいぶかしげに尋ねた。聞き覚えのある声に、おなじみの言動はどう考えても『彼』だが、見目があまりにも違いすぎる。

『やだなぁ、僕だよぅ! ア・ド・ニ・ス! 眠ってるあいだにイメチェンしてみたんだ。どう? かわいらしいでしょ?』
「そ、そうですね……。かわいい、です」

 ちょこまかと動きまわる羽根の生えたクマは確かにかわいらしいが――それが『神』だとは到底思えない。むしろそうだとは信じたくない。せめてもっと神々しくあって欲しいなどと思うのはわがままだろうか。
 アドニスはくるくるとまわりながらふたりを交互に見やる。その瞳はつぶらで、まるでぬいぐるみのようだ。

『いい雰囲気のところ、邪魔しちゃって悪いねぇ。でもなんだか、僕が死んだことになっちゃってるみたいだからさっ!』
「いいえ……戻ってきてくださってありがとうございます」

 なにはともあれ、彼が無事でよかったと安堵する。神の再来だ。

「アドニスさまともっとお話ししたかったと――ひどく後悔していたんです」
『むふふ、そっかそっか。ありがとねっ、ラティーシャ。でもお邪魔しちゃった償いはするからねっ! それーっ!』

 萌黄色の小さなクマが短い手を左右にめいっぱい広げる。

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