秘されし、その甘やかな救済 《 第三章 14

 まばたきをした一瞬で景色が一変した。

「――っ!?」

 ラティーシャはきょろきょろとあたりを見まわす。足をつけているのは地面ではない。もし雲に乗ることができたなら、こういう心地なのだろう。ふわふわとした白い床は見た目には空に浮かぶ雲そのものだ。目の前には床と同じベッドらしきものがある。
 ――この世のものとは思えないほど神秘的な空間だ。いや、ここはこの世ではないのかもしれない。どこまでも広がる白い雲は天上の世界だと説明されてもうなずける。
 かたわらにいるマティアスもまた驚いているようだった。膝を折り、白い床を興味深そうに手のひらで押している。

『空の上で思う存分、はじけちゃいなよ! ラティーシャッ、素直になってねー!』

 彼の姿は見えず、声だけが響いた。それきり、あたりは静寂に包まれる。

「ここは……彼の寝室なんだろうか」

 マティアスがぽつりとつぶやいた。

「そうかもしれませんね」

 まるで小さな空間にいるようだった。さほど大きな声を出したわけではないのに、やけに響く。
 マティアスはゆっくりと歩き、ベッド端に腰かけた。ラティーシャも彼のあとに続く。白い床は歩くと弾むように足を押し返してくるので、少し歩きづらい。

(……アドニスさまはきっと何でもお見通しなんだわ)

 マティアスのとなりに腰を下ろしたラティーシャは意を決する。神言にしたがい、自分の気持ちを正直に吐露する。

「わたし、恋をしています。……マティアスさまに」

 ラティーシャはふかふかの白いベッドに手をついて身を乗り出し、マティアスの顔をのぞき込む。

「あなたのことを想うと、胸が締めつけられるんです」

 マティアスの表情は少しも変わらなかった。碧い瞳は見開かれたまま動きを止めている。ただ、顔色だけが変化した。

「――っ」

 頬を真っ赤に染めたマティアスは手で口もとを覆ってラティーシャから目をそむけた。そんな彼の反応に、ラティーシャは不安になる。困らせてしまっただろうか。
 マティアスは視線をさまよわせたあと、ためらいを見せながらラティーシャの瞳を見つめた。

「さっき、祈りの間で……きみは、俺に救われてばかりだと言っていたな」

 口を押えるのをやめてマティアスは体ごとこちらを向く。

「だが、そんなことはない。俺だって、きみに救われているんだ」

 白いベッドにあったラティーシャの手をそっと覆い、マティアスはほがらかにほほえむ。

「マティアス、さま」

 意味もなく名前を呼んでしまった。彼の手が触れているところに全神経が集中している。異様なまでに意識してしまっている。

「さて……神の厚意に甘えるとするか」

 彼のほほえみが艶を帯びる。細くなった瞳が情欲をたぎらせて底光りしているような気がした。

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