青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 《 第一章 02

 「おにいさまはご結婚なさらないのですか」と尋ねたことがある。すると彼は、「領主の仕事にもっと慣れてからにする」と言っていた。
 彼がブレヴェッド領を継いで、まだ一年ほどしか経っていない。
 それでも、ルイスは領主の仕事を完璧にこなしているように見える。しかし彼は堅実な性質《たち》らしい。自分が納得する仕事ぶりができるようになるまで妻は持てないということだろう。
 義兄がまだ結婚する気はないのだと知り、どうしてかホッとしてしまった。
 そうしてよくよく考えてみれば、自分は義兄のことが大好きだからなのだと気がついた。
 それが家族愛なのか、あるいはもっとべつのものなのか――それは、考えても答えが出なかった。

(でも、いつかはだれかとご結婚なさるのだから……)

 兄離れしなければならない日がいつか絶対にやってくる。
 カタリーナはルイスを避けるように視線を走らせ、窓のほうを見やった。

「そういえば、今日はテッドが戻ってくる日ですね」
「……そうだったね」

 ルイスは表情を変えず平坦な声音でそう言った。
 ルイスよりも五つ年下のテッドは三年前から隣国へ留学している。ルイスとテッドの父親――先代のブレヴェッド侯爵が他界したとき、テッドは一時的にだがこの邸に戻ってきたので、会うのは一年ぶりだ。

「午後には領地の視察へ出掛ける。きみにも同行してほしい。さっき渡した書類が片付いたら、準備をしておいで。視察先に一泊する予定だ」
「はいっ! あ、でも……テッドが邸に戻ってくるのに?」

 ルイスは微笑したまま、ティーカップを静かにソーサーへ戻す。

「視察の日取りはずいぶん前から決まっていたことだ。テッドがこの邸の留守をあずかってくれるのだから、かえって都合がいい。テッドはこれからずっとこの邸にいるんだ。隣国の話はいつでも聞ける」
「そう……ですね」

 それからカタリーナは机仕事に励んだあと、自室でメイドとともに荷造りをした。
 一泊分の荷物をまとめ終えたころ、部屋の扉がノックされる。

「カタリーナ! ただいまっ」

 返事をする前に扉が開き、テッドが現れた。カタリーナは笑顔で「おかえりなさい!」と言う。

「はぁ、会いたかった」

 テッドに腰を軽く抱かれ、頬に挨拶のキスを落とされる。

「あれっ? なに、出掛けるところ?」
「ええ。ルイスおにいさまと一緒に領地視察なの。聞いてなかった?」
「兄さんにはまだ会っていないよ。カタリーナはここにいるって聞いて、飛んできたんだ」

 テッドはカタリーナの腰を抱いたまま身をかがめ、彼女の顔をのぞき込む。

「な、なあに?」

 テッドの瞳はルイスと同じく碧い。先ほど執務室でルイスに見つめられたことを思い出す。するとトクッ、と小さく胸が鳴った。

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