森の魔女と囚われ王子 《 第一章 11

「それにしてもリル、西の王子に会って、具体的にどうするつもりなんだい?」
「え……っ」

 リルの顔が引きつる。王子の体液が欲しいなどと、正直に言ったらきっと馬鹿にされて――舞踏会場にすら連れて行ってもらえず、引き返してしまうかもしれない。

「う、占いでは……言葉を交わせば、若さを保てるのだと」
「へえ、それは簡単でいいね」

 ロランは明らかに信じていないが、それは占い結果に関してだ。占いを信じているリルのことは疑っていない。

(最悪の場合、王子を誘拐してでも体液を搾取してやるわ)

 しかし誘拐となると、兄に迷惑をかけることになりかねない。やはりそんな強引なことはできないと自省しながらも、リルは若さを保つための占い結果になんの疑いも持たずに妄信していた。



 西の小国ルアンブルとの国境に位置する国営の迎賓館で仮面舞踏会は催された。各国の要人が集まるというだけあって大規模な舞踏会だ。

(私、場違いになっていないかしら)

 ロランに用意してもらったドレスは色合いこそ地味だがパールや刺繍、フリルレースがふんだんにほどこされている。こういうドレスを身につけているのはたいてい未亡人だ。リルは初婚すらまだだが、年齢的には未亡人でもおかしくない。

「リル? 平気かい」
「え、ええ……。その、浮いていないか心配で」
「大丈夫、どこからどう見てもみぼ――や、いや。そのドレス、とてもよく似合っている」

 ドレスを急ごしらえしてもらった恩があるので文句は言えないが、ロランもやはりリルを、夫に先立たれた女性のようだと思っているのだ。

(べつにいいわ……。とにかくいまは西の王子を探さなくては)

 次々と挨拶を交わしていくロランのうしろにぴたりとくっついて愛想笑いを浮かべる。黒から青に変わった髪色はごく自然だからまったく目立たないし、紅い瞳もいまは仮面で隠れている。リルは気兼ねなく――人形のように淡々と挨拶やダンスをこなした。
 公爵令息のロランは顔が広く、それとなくルアンブル国の王子について尋ねてくれている。

「――リル、あの白金髪の男だよ。ルアンブルの王子は」

 こっそりと耳打ちをされた。視線の先はダンスホールの中央。金の装飾がふんだんにほどこされた仮面をつけた白金髪の男がうら若い女性と踊っていた。女性も仮面をつけているが、それでもあからさまにわかるほど、うっとりと王子に魅入っている。

(思っていたよりも背が高い)

 ひとであふれかえっているダンスホールだが、それでもどこにいるかすぐにわかるほど王子は長身だった。

「ルアンブルの王子はダンスの予定がびっしりと詰まっているらしい。なかなか声をかけるすきがない」
「そうなの……」
「まあまあリル。そうあせらず、まずは酒でも飲んで楽しんだら?」

 ロランにワイングラスを差し出された。先ほどから社交辞令の挨拶ばかりしているせいでのどがカラカラだ。
 リルは「ありがとう」と言いながらグラスを受け取り、いっきにあおった。

前 へ    目 次    次 へ