「そ、それは、そうだけど……。あなたが湯から上がってからにするわ」
オーガスタスの腕をやんわりと払いのけ、リルは彼に背を向ける。
「こんなに重くなったドレス、ひとりで脱げっこないよ。手伝ってあげるから遠慮しないで」
「や、遠慮なんてしてない――。っ、ちょ、やめてったら!」
リルがうしろを向いているのをいいことに、オーガスタスは彼女の背のドレスひもをさらにするすると輪から抜けさせていく。リルは脱がされまいとあがく。
「やめて、オーガスタス」
「どうしてそんなに嫌がるの」
「だ、だって……」
「へんなことなんてしないから、ね? 早く脱いだほうがいい。のぼせるよ」
たしかに、背中の編み上げひもを自力で解くのは困難だ。彼が言っていることは間違っていない。熱い湯のなかで厚いドレスを着て浸かっていたら、すぐにのぼせて倒れてしまいそうだ。現に少しだけくらくらしてきた。
「じゃあ……お願いします」
彼に任せることにしたものの、脱がされるというのはどうも落ち着かない。公爵家にいたころはメイドに着替えを手伝ってもらっていたが、それすらも嫌だった。
肌に触れられると、とんでもなくくすぐったいからだ。
そわそわしているリルを尻目にオーガスタスは手際よくドレスを脱がせていく。
「あ、あとは自分でできる。ありがとう」
ドレスとコルセットのひもがゆるくなったところでリルは少しだけうしろを振り返ってそう告げた。
「どうせだから、ぜんぶ脱がせてあげる」
どうせだから、という言葉の意味がまったくわからない。リルは脱ぎかけのドレスを懸命に押さえる。
「いっ、いい! けっこう――……ひゃっ!?」
奇声の原因は、耳たぶにかぶりついてきた彼の口。
「なっ、な、な……!」
眉間に深くしわを寄せておろおろしているリルのドレスを、オーガスタスは彼女の耳たぶを食んだままシュミーズごといっきに下へずらした。
「あ……っ!」
ふるんっ、といっきに踊り出てしまった乳房を両手で押さえる。動揺するリルをよそにオーガスタスは平静だ。
「立って。ドレスが湯のなかに沈んだままになっちゃうよ。これ、あんまり浸けすぎると色が落ちてしまうんじゃない?」
もっともなことを忠告され、リルは恥を忍んでその場で立ち上がり、ドレスを完全に脱いだ。
尻はオーガスタスに丸見えだろう。
(たるんだ尻だって、思われたかも)
日々筋力トレーニングに励んでいるが、十代のころとまったく同じようには保てない。
リルは占いの如何で行動はするが、それがすべてだとは思っていない。あくまで、若さを保つための一助――ただの「まじない」だとわかってはいる。
びちゃっ、とひどい音がしたのでリルは顔を上げた。濡れたドレスが岩場に置かれた音だった。
「さて、次は髪の毛だね。一度、頭まで浸かったら?」
彼はまるで母親のようにかいがいしい。いや、自身の母親にすらこんなふうに世話をされたことはない。すべてメイドまかせだったからだ。
「……顔をつけるのは怖いわ」
湯に濡れてぐちゃぐちゃになり、朽ち果てたように置かれている紺色のドレスを見つめながら言った。するとうしろから笑い声が聞こえてきた。
「はは、なにそれ。リルは僕よりもお姉さんなのに、子どもみたいだね?」
「……あなた、いくつなの」
「26歳だよ。リルは?」
なんだ、ふたつしか違わないではないか。
自分が振った話題にもかかわらずリルは言葉をにごす。
「ご想像にお任せするわ。それに、レディに年齢を聞くなんて失礼よ」
「でも年上なのには違いないでしょう?」
リルは思いきり顔をしかめてオーガスタスを振り返る。
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オーガスタスの腕をやんわりと払いのけ、リルは彼に背を向ける。
「こんなに重くなったドレス、ひとりで脱げっこないよ。手伝ってあげるから遠慮しないで」
「や、遠慮なんてしてない――。っ、ちょ、やめてったら!」
リルがうしろを向いているのをいいことに、オーガスタスは彼女の背のドレスひもをさらにするすると輪から抜けさせていく。リルは脱がされまいとあがく。
「やめて、オーガスタス」
「どうしてそんなに嫌がるの」
「だ、だって……」
「へんなことなんてしないから、ね? 早く脱いだほうがいい。のぼせるよ」
たしかに、背中の編み上げひもを自力で解くのは困難だ。彼が言っていることは間違っていない。熱い湯のなかで厚いドレスを着て浸かっていたら、すぐにのぼせて倒れてしまいそうだ。現に少しだけくらくらしてきた。
「じゃあ……お願いします」
彼に任せることにしたものの、脱がされるというのはどうも落ち着かない。公爵家にいたころはメイドに着替えを手伝ってもらっていたが、それすらも嫌だった。
肌に触れられると、とんでもなくくすぐったいからだ。
そわそわしているリルを尻目にオーガスタスは手際よくドレスを脱がせていく。
「あ、あとは自分でできる。ありがとう」
ドレスとコルセットのひもがゆるくなったところでリルは少しだけうしろを振り返ってそう告げた。
「どうせだから、ぜんぶ脱がせてあげる」
どうせだから、という言葉の意味がまったくわからない。リルは脱ぎかけのドレスを懸命に押さえる。
「いっ、いい! けっこう――……ひゃっ!?」
奇声の原因は、耳たぶにかぶりついてきた彼の口。
「なっ、な、な……!」
眉間に深くしわを寄せておろおろしているリルのドレスを、オーガスタスは彼女の耳たぶを食んだままシュミーズごといっきに下へずらした。
「あ……っ!」
ふるんっ、といっきに踊り出てしまった乳房を両手で押さえる。動揺するリルをよそにオーガスタスは平静だ。
「立って。ドレスが湯のなかに沈んだままになっちゃうよ。これ、あんまり浸けすぎると色が落ちてしまうんじゃない?」
もっともなことを忠告され、リルは恥を忍んでその場で立ち上がり、ドレスを完全に脱いだ。
尻はオーガスタスに丸見えだろう。
(たるんだ尻だって、思われたかも)
日々筋力トレーニングに励んでいるが、十代のころとまったく同じようには保てない。
リルは占いの如何で行動はするが、それがすべてだとは思っていない。あくまで、若さを保つための一助――ただの「まじない」だとわかってはいる。
びちゃっ、とひどい音がしたのでリルは顔を上げた。濡れたドレスが岩場に置かれた音だった。
「さて、次は髪の毛だね。一度、頭まで浸かったら?」
彼はまるで母親のようにかいがいしい。いや、自身の母親にすらこんなふうに世話をされたことはない。すべてメイドまかせだったからだ。
「……顔をつけるのは怖いわ」
湯に濡れてぐちゃぐちゃになり、朽ち果てたように置かれている紺色のドレスを見つめながら言った。するとうしろから笑い声が聞こえてきた。
「はは、なにそれ。リルは僕よりもお姉さんなのに、子どもみたいだね?」
「……あなた、いくつなの」
「26歳だよ。リルは?」
なんだ、ふたつしか違わないではないか。
自分が振った話題にもかかわらずリルは言葉をにごす。
「ご想像にお任せするわ。それに、レディに年齢を聞くなんて失礼よ」
「でも年上なのには違いないでしょう?」
リルは思いきり顔をしかめてオーガスタスを振り返る。