森の魔女と囚われ王子 《 第二章 10

「よくもあんなにべらべらと嘘が出てくるわね。感心した」

 マレットが帰ったあと、リルはキッチンでハーブティーを淹れながらオーガスタスに嫌味たらしく話しかけた。

「いやあ、緊張しちゃったよ。嘘をつくのは苦手だから」
「……本当、嘘ばっかり」

 ソファでくつろぐ彼にハーブティーを差し出す。

「あなたのいいようにマレット男爵を誘導しちゃって……。けど、よく彼が商人だってわかったわね」
「薬の引き取りがどうとか言ってたでしょ。それに、マレットという言葉には聞き覚えがあった。たしかこの国の豪商だよね。……ん、おいしい」

 リルが淹れたハーブティーは王子の口に合ったらしい。満足気にごくごくと飲んでいる。

「隣国事情にも詳しいのね」

 あまりそうは見えないが、さすがは王子様といったところだ。
 オーガスタスの正面に座ったリルは自分で淹れたハーブティーをひとくちだけすすった。

「それにしても、最後のはなによ。鍵をかけて大人しくしていればいいのに」

 ひとりになりたくないと彼が駄々をこねたことを責めると、オーガスタスは年甲斐もなく頬をふくらませた。

「いやだよ、外にも出られないしひまじゃないか。せっかく誘拐されてきてるっていうのに」
「まったく、わがままな捕虜だこと……。ねえ、そういえば、服の代金くらいなら払えるわ。馬は、ちょっとすぐには無理だけど」

 ソファから立ち上がり、裏庭をのぞむ窓の前に立つ。野菜畑の近くの木には仮面舞踏会で買い受けた白馬をつないでいる。

「まあまあ気にしないで。僕はあなたに誘拐されてきたわけだけど、利害は一致してる。僕はこの森を満喫して、あなたと楽しく過ごしたい」

 どちらかというと誘拐させられたわけだが、もとはリルが持ちかけたことなので反論はできない。

「でも、請求先の第二王子って……弟さんでしょ?」
「立て替えてもらうだけだよ。国に帰ったらきちんと僕の懐から払う」

 国に帰ったら――。

(そうよ、彼はいつまでもここにいるわけではない)

 いつかは帰る。それが明日なのかそれとも一週間後なのかはわからないが。

「……わかったわ。お言葉に甘えます」

 王子がここから去る日のことを思ったリルはぴりっ、とわずかに心が痛んだが、それには気付かないふりをして、窓の外の白馬をふたたび見やった。



 マレット男爵はほどなくして戻ってきた。思っていたよりも格段に早かった。

「いい天気ですね。散歩するにはちょうどいい」

 マレットが持ってきた真新しい服を着たオーガスタスが言った。森の小道を先立って歩き、太い木の枝に手を伸ばしてぶらさがったりしている。大きな子どもだ。枝が折れないか心配になる。

「ええ、そうですね」

 オーガスタスの言葉に答えたのはマレット男爵だ。
 どういうわけか、彼も「薬草に興味がある」と言い出したので、リルは彼らふたりと薬草摘みに出かけたのだった。
 子どものようにはしゃぐオーガスタスとは対照的にマレットはとても落ち着いている。いや、落ち着いているというのには語弊がある。周囲を警戒しながら森のなかを歩いているようだった。茂みが少しでも揺れるとマレットはひどく狼狽して身をこわばらせるのだ。

「マレット男爵、たぶんうさぎかなにかですよ。……もしかして私が以前、熊に出会ったという話を信じていらっしゃるわけじゃないですよね?」
「まっ、まさか……。信じてなど、いませんよ。ただ、森のなかを歩くことがいままであまりなかったもので」

 顔面蒼白できょろきょろとあたりを見まわすマレットは見ていてなかなか面白い。

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