森の魔女と囚われ王子 《 第二章 13

「たまには労働するのもいいね」

 皿を洗い終えたオーガスタスはリルが腰かけるソファに並んで座った。

「ありがとう。助かったわ」
「どういたしまして」

 肩が触れ合いそうな、ごく近い位置に座ったオーガスタスをリルは横目でちらりと盗み見た。簡素な白いドレスシャツの首もとをゆるめているところだった。

「ねえ……。幼いころは病弱だったって、うわさで聞いてたんだけど」
「ああ、病弱っていうか……毒を盛られまくって、ひ弱かっただけだよ」

 オーガスタスはほほえみを崩さずに続ける。

「信頼できる医者も数少なかったから、医学を学んだ。自分自身を守って生きながらえるために。……僕って臆病でしょ」

 自分自身にあきれているような口ぶりだった。リルはすぐにそれを否定する。

「いいえ、その選択はとても賢いと思うわ。それにすごく合理的」

 しばしの、沈黙。リルはあわてて言いつくろう。

「――って、ごめんなさい。そういう言いかたは、なんだか偉そうね」
「ん、偉そうだけど……リルが言うと、嫌な気はしない。不思議だな」

 左の肩が重くなった。白金髪がリルの肩にもたれかかっている。

(ど、どうしたのかしら)

 彼の過剰なスキンシップにはどうもついていけない。初めは居心地が悪かったが、左肩がじわじわと温かくなってきて、どうしてか心が休まる。リルはゆっくりとまぶたを閉じた。

「ところでリル。マレット男爵とはどういう関係?」
「どうって……べつになにも」

 目を閉じたまま答えた。つい先日、兄のロランにも同じようなことを聞かれて同じような返答をしたような気がする。

「ふうん……。まあ、彼は悪いひとじゃなさそうだね」
「むしろいちはやく服を持ってきてくれたんだから、かなりの『いいひと』だわ」
「……彼はあなたに気があると思うよ」

 うなるような低い声音がリルの体をにわかに緊張させる。目を斜め下に動かし、視線だけを彼に向ける。

「ええ? まさか。ひとばんをともにしたことがあるけど、なにもなかったわ」
「ひとばんをともに――って、どういう意味?」
「あ、ええと……」

 リルは舞踏会前日の出来事をかいつまんで話した。オーガスタスはリルの肩に頭をあずけたまま黙って話を聞いている。

「――へえ、そう」

 左肩が軽くなった。オーガスタスが頭を上げたからだ。

「……っ!?」

 彼のほうを向くのと同時にあごをすくわれた。真顔でのぞき込まれ、どう反応してよいのかわからない。彼に触れられているあごが、熱い。

「ねえ、今日は僕の唾液を摂取してみない?」
「だ……えき?」
「そう。口腔内で分泌される透明の液体」

 医学的な説明をされてリルはきょとんとする。
 あごに添えられていたオーガスタスの指がうえに伸びて、唇をたどった。
 そろそろと下唇をなぞっていく指はどこかなまめかしい。リルは彼の指を手で押しのける。

「体液は、もういいわ。あなたの汗を体内に取り込んだし」
「ぬるいな、リルは。やるなら徹底的に、ね。協力してあげるから」

 口もとを覆ったまま上目遣いをするリルの頬をオーガスタスが両の手のひらで包む。

「な、なにをするの……?」
「唾液をあげるって言ったでしょ。ほら、口を開けて」

 口を開けてなにをされるのかを、リルは感知しない。
 無防備に大きく口をひらく。よく考えればわかりそうなものを、このときはどうしてか素直に従ってしまった。

「……っ!!」

 唇どうしが合わさり、すぐに舌が侵入してくる。

「んっ、ん……!」

 つん、つんっと舌先で探られ、絡み合い、リルは翻弄されるばかりだ。

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