森の魔女と囚われ王子 《 第四章 10

 じいっと見つめて、目でうったえかける。オーガスタスはなおも往生際悪く、そ知らぬふりをしてリルの乳首をエプロン越しに食む。

「っゃ、う! だ、だめ……早く出なくちゃ」

 白金髪をぎゅうっと両手で強く押し戻す。するとオーガスタスはすねた子どものような顔をして、いかにもしぶしぶといったようすで立ち上がった。

「じゃあ、僕が出るから……リルは休んでいて。その格好のまま、ね」
「ひゃっ!?」

 リルの体を軽々と横向きに抱え上げ、オーガスタスはそのままベッドへ向かった。そっと彼女を寝かせ、掛け布をかぶせる。

(大丈夫かしら……)

 来客の相手を彼ひとりにさせてもよいものかと不安になった。もしかしたら、訪ねてきたのは兄のロランかもしれない。鉢合わせしてはまずい。

「ねえ、オーガスタス。やっぱり私が――」

 いやしかし、こんな格好――エプロン一枚しか身につけていない状態ではすぐには玄関先へ向かえない。
 そうしてもたもたしているあいだに、オーガスタスは玄関扉を開けてしまった。
 リルは一度起こした体をふたたび休ませて、掛け布をかぶった。ここから玄関は見えないので、どきどきしながら会話に耳を澄ませる。

「やあアーウェル、久しいね。いま取り込み中なんだ」

 どきどきとうるさかった心臓がいっそう鼓動を強くした。訪問者はリルが予想していた誰とも違う。
 知らない名前。でもどこかで聞いたことがある。
 パタン、と玄関扉が閉まる音がした。オーガスタスが衝立の端から顔を出す。

「だ……誰、だったの?」
「……ん。僕の弟」
「えっ!?」

 ガンガンガンッ、とうるさくドアノッカーが鳴り響く。心臓の音も同じくらい、とうるさい。

『兄上! 失礼しますよ!!』

 扉がひらく音、そして複数の足音。誰かが――オーガスタスの弟とやらが、屋敷のなかへ入ってきた。

「兄上っ、やっと見つけ――……っと、失礼」

 鮮やかな赤い髪の歳若い男は衝立から頭ひとつぶんはゆうに出ているオーガスタスのもとへやって来たものの、ベッドに横たわるリルの姿を見るなりぐるりと顔をそむけてうしろを向いた。

「おまえたちは外で待っていろ」

 あとからやってきた従者らしき男たちに指示を出し、うしろを向いたまま赤髪の男は話す。

「……さっさと城へお戻りください、兄上」

 オーガスタスの弟、アーウェルはうなるような低い声音で言った。こちらを向いているわけではないから、よけいにくぐもったふうに聞こえた。
 真剣なようすの彼とは裏腹にオーガスタスは軽い調子で言い返す。

「えー……。僕はまだここにいたい。公務はいつもどおりおまえがこなしてくれてるんだろ? なにも問題ないじゃないか」


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