どうすれば彼を手に入れられるのか、考えながら身支度をする。
一国の王子を、正当に手に入れるにはどうすればよいのか。
(……いまの私は)
森にひとりで住み、薬を売って生計を立てる、変わり者の公爵令嬢。
令嬢と呼べる年齢ではないかもしれない。年増だが、マイアー公爵家に勘当されているわけではない。隣国の王子に、求婚できる立場にはあると思う。
リルは人生で初めて、自分が公爵令嬢だということに喜んだ。考えてみれば本当に贅沢で、姑息だ。
私利私欲のために家名を利用しようとしている。
いままで家のためにはひとつも働いてこなかった。社交の場にはほとんど顔を出さず、家の財をつぶして森に家を建てる始末だ。本当に親不孝者だと思う。
(それでも、オーガスタスと一緒にいたい)
マイアー家のためになることならなんでもしたい。できることなど、限られているとは思うが。
とにかくいまはオーガスタスだ。彼に求婚したところで、はねのけられるかもしれない。この見た目だ。それでも、なにかせずにはいられない。
(髪は染めれば、さほど目立たない)
自分を偽るのはいやだ、などと言っている場合ではない。彼とともに過ごせる可能性が少しでも高くなるように努めたい。
最小限の荷物をトランクに詰め込んで、玄関扉を開けたときだった。
「――っ!?」
あまりに勢いよく扉を開けて外へ出たものだから、そこに誰かが立っているとは思いもせず、リルは扉の前にいた男にぶつかってしまった。
額をさすりながらその男を見上げる。
「マレット、男爵……」
いつになく険しい顔をしたマレットがそこにいた。
「お出かけになるのですか」
「え、ええ……」
「ならばちょうどいい。俺の屋敷にきてください」
リルは「えっ?」と頓狂な声を上げてぱちぱちとまばたきをした。
「彼はルアンブルの第一王子だったんです。あなたは騙されていたんだ」
どくっ、と心臓が大きく波打つ。
マレットはオーガスタスがすでにこの屋敷にいないことを知っているようだ。
リルはピンク色のトランクの取っ手をぎゅうっと握りしめてうつむく。返す言葉を探しているあいだに、マレットがたたみかけてくる。
「あなたのようにか弱い女性がこんな山奥にひとりで住むのはやはり危険だ。リル、どうか俺と一緒にきてください」
トランクを引っ張られたが、両手は放さず首を何度も横に振る。
「私、初めから知っていたんです。彼がルアンブルの王子だってこと。仮面舞踏会で出会って、私がここに連れてきた。誘拐してきたんです。それをあなたには知られたくなくて――嘘をついていた。……だから、騙したのは私のほう。ごめんなさい、マレット男爵」
顔を上げ、まっすぐにマレットを見つめる。
「わたし……オーガスタスのことが、好き」
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一国の王子を、正当に手に入れるにはどうすればよいのか。
(……いまの私は)
森にひとりで住み、薬を売って生計を立てる、変わり者の公爵令嬢。
令嬢と呼べる年齢ではないかもしれない。年増だが、マイアー公爵家に勘当されているわけではない。隣国の王子に、求婚できる立場にはあると思う。
リルは人生で初めて、自分が公爵令嬢だということに喜んだ。考えてみれば本当に贅沢で、姑息だ。
私利私欲のために家名を利用しようとしている。
いままで家のためにはひとつも働いてこなかった。社交の場にはほとんど顔を出さず、家の財をつぶして森に家を建てる始末だ。本当に親不孝者だと思う。
(それでも、オーガスタスと一緒にいたい)
マイアー家のためになることならなんでもしたい。できることなど、限られているとは思うが。
とにかくいまはオーガスタスだ。彼に求婚したところで、はねのけられるかもしれない。この見た目だ。それでも、なにかせずにはいられない。
(髪は染めれば、さほど目立たない)
自分を偽るのはいやだ、などと言っている場合ではない。彼とともに過ごせる可能性が少しでも高くなるように努めたい。
最小限の荷物をトランクに詰め込んで、玄関扉を開けたときだった。
「――っ!?」
あまりに勢いよく扉を開けて外へ出たものだから、そこに誰かが立っているとは思いもせず、リルは扉の前にいた男にぶつかってしまった。
額をさすりながらその男を見上げる。
「マレット、男爵……」
いつになく険しい顔をしたマレットがそこにいた。
「お出かけになるのですか」
「え、ええ……」
「ならばちょうどいい。俺の屋敷にきてください」
リルは「えっ?」と頓狂な声を上げてぱちぱちとまばたきをした。
「彼はルアンブルの第一王子だったんです。あなたは騙されていたんだ」
どくっ、と心臓が大きく波打つ。
マレットはオーガスタスがすでにこの屋敷にいないことを知っているようだ。
リルはピンク色のトランクの取っ手をぎゅうっと握りしめてうつむく。返す言葉を探しているあいだに、マレットがたたみかけてくる。
「あなたのようにか弱い女性がこんな山奥にひとりで住むのはやはり危険だ。リル、どうか俺と一緒にきてください」
トランクを引っ張られたが、両手は放さず首を何度も横に振る。
「私、初めから知っていたんです。彼がルアンブルの王子だってこと。仮面舞踏会で出会って、私がここに連れてきた。誘拐してきたんです。それをあなたには知られたくなくて――嘘をついていた。……だから、騙したのは私のほう。ごめんなさい、マレット男爵」
顔を上げ、まっすぐにマレットを見つめる。
「わたし……オーガスタスのことが、好き」