全身の血流が増しているような気がした。なにもかもがどくどくと激しく脈を打ち、目の前はぐらぐらと揺れている。
雨に濡れて体が冷えたせいもあるかもしれない。頭が痛い。
「そ、そんな……。じゃあ、いま彼はいったいどこに」
がくりとうなだれて消沈するリルをロランは執務机の前の椅子に腰かけたまま見上げる。
「なんでも、医者を始めたのだとか」
「医者……?」
ああ、彼ならばおおいにあり得る。それで生計を立てるつもりなのだろう。
痛む頭と動悸のなか、これからなにをすべきなのか考えるものの、まとまらない。
そんなリルをロランが気遣う。
「リル、ひどい顔色だよ。早く着替えてやすんだほうがいい」
「いいえ……。やすんでいる時間なんてないわ」
「なにをそんなに急いでいるんだい?」
濡れているドレスの肩がぴくっと小さく揺れた。リルは大きく息を吸い込む。
「だって……。会いたいの、彼に」
息を吐きながら話し続ける。
「体が疼いて仕方がないの。全身がオーガスタスを求めてる。いますぐ会って、無理やりにでも私のものにしたい」
われながら恥ずかしいことを言っている自覚はある。けれど本心なのだから仕方がない。
「ずいぶんと男前な発言だね、リル。きみの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかった」
ロランは苦笑いを浮かべてリルから視線をはずした。執務机の手前、ななめ下を見つめている。
なぜそんなところを見つめているのか、リルにはわからない。
(できることは、ひとつしかないわ)
当初の目的と、なにも変わっていない。単純明快な答えだ。
「私、ルアンブルへ行くわ。彼を捜す」
きっぱりと言うと、どうしてか心が晴れた。
オーガスタスがどこにいるのかまったく見当がつかないというのに、そうして決意を口に出しただけで、不思議と希望に満ちてくる。
絶対にかなえてやる、と意気込みが増す。
「まずはルアンブルの王都へ行って、それから……」
あごに手を当ててぶつぶつとひとりごとのように作戦を練るリルを、ロランはなぜかくすくすと笑いながら見上げる。
「ちょっと、お兄様! さっきからなんなの? 私は真剣なのよ。オーガスタスを真剣に捜すつもりなの。いっときの気の迷いとか、そんなんじゃないわ」
「いや、でもねぇ……。彼はもう王子ではないんだよ? 医者だって、始めたばかりというじゃないか。果たしてやっていけるかな。元王子様に庶民の生活なんて、できるだろうか」
「……っ」
ロランはこんなにも意地の悪いことを言う男だっただろうか。
リルは息巻いて言い返す。
「きっと大丈夫よ、私が支える。それに私は彼が王子だから求婚したいわけじゃない。オーガスタスが何者だろうと、ただ彼が欲しい。それだけよ」
兄妹はしばしのあいだじいっと見つめ合った。
ロランが難癖をつけてくる理由はわからないが、この想いは断固として変わらない。
「そうかい、きみの気持ちはよくわかったよ。だけどルアンブルの元王子を捜す必要はない。だって彼は……」
ロランはふたたび視線を落とした。先ほども見つめていたところだ。執務机の手前を横目で見やっている。
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雨に濡れて体が冷えたせいもあるかもしれない。頭が痛い。
「そ、そんな……。じゃあ、いま彼はいったいどこに」
がくりとうなだれて消沈するリルをロランは執務机の前の椅子に腰かけたまま見上げる。
「なんでも、医者を始めたのだとか」
「医者……?」
ああ、彼ならばおおいにあり得る。それで生計を立てるつもりなのだろう。
痛む頭と動悸のなか、これからなにをすべきなのか考えるものの、まとまらない。
そんなリルをロランが気遣う。
「リル、ひどい顔色だよ。早く着替えてやすんだほうがいい」
「いいえ……。やすんでいる時間なんてないわ」
「なにをそんなに急いでいるんだい?」
濡れているドレスの肩がぴくっと小さく揺れた。リルは大きく息を吸い込む。
「だって……。会いたいの、彼に」
息を吐きながら話し続ける。
「体が疼いて仕方がないの。全身がオーガスタスを求めてる。いますぐ会って、無理やりにでも私のものにしたい」
われながら恥ずかしいことを言っている自覚はある。けれど本心なのだから仕方がない。
「ずいぶんと男前な発言だね、リル。きみの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかった」
ロランは苦笑いを浮かべてリルから視線をはずした。執務机の手前、ななめ下を見つめている。
なぜそんなところを見つめているのか、リルにはわからない。
(できることは、ひとつしかないわ)
当初の目的と、なにも変わっていない。単純明快な答えだ。
「私、ルアンブルへ行くわ。彼を捜す」
きっぱりと言うと、どうしてか心が晴れた。
オーガスタスがどこにいるのかまったく見当がつかないというのに、そうして決意を口に出しただけで、不思議と希望に満ちてくる。
絶対にかなえてやる、と意気込みが増す。
「まずはルアンブルの王都へ行って、それから……」
あごに手を当ててぶつぶつとひとりごとのように作戦を練るリルを、ロランはなぜかくすくすと笑いながら見上げる。
「ちょっと、お兄様! さっきからなんなの? 私は真剣なのよ。オーガスタスを真剣に捜すつもりなの。いっときの気の迷いとか、そんなんじゃないわ」
「いや、でもねぇ……。彼はもう王子ではないんだよ? 医者だって、始めたばかりというじゃないか。果たしてやっていけるかな。元王子様に庶民の生活なんて、できるだろうか」
「……っ」
ロランはこんなにも意地の悪いことを言う男だっただろうか。
リルは息巻いて言い返す。
「きっと大丈夫よ、私が支える。それに私は彼が王子だから求婚したいわけじゃない。オーガスタスが何者だろうと、ただ彼が欲しい。それだけよ」
兄妹はしばしのあいだじいっと見つめ合った。
ロランが難癖をつけてくる理由はわからないが、この想いは断固として変わらない。
「そうかい、きみの気持ちはよくわかったよ。だけどルアンブルの元王子を捜す必要はない。だって彼は……」
ロランはふたたび視線を落とした。先ほども見つめていたところだ。執務机の手前を横目で見やっている。