森の魔女と囚われ王子 《 第五章 07

「――ここにいるよ」

 よく知っている声がそう告げた。兄のものではない。
 リルの紅い瞳に映っているのは、焦がれてやまない金と青のオッドアイ。
 ぴょこっと小動物かなにかのように、愛しいひとが執務机の向こう側から顔を出した。

「医者をしております、オーガスタスです。薬剤のライセンスを持っていて、かつ助手をしてくれる、年上のかわいいお嫁さんを募集中」

 リルはぽかんと口をあけ、しばらくその顔のままだった。
 さぞマヌケな顔になっていることだろう。しかしそんなことは、体裁はいまはどうでもいい。
 目の前に、捜し求めていたオーガスタスがいる。
 リルは瞳を潤ませ、頬を赤く染めてゆっくりと右手を上げた。

「お嫁さんに、立候補します」
「……――リル」

 オーガスタスが近づいてくる。
 涙をにじませるのは、大げさなのかもしれない。彼と離れていたのはほんの少しのあいだなのだから。
 それでも、もう会えないかもしれないと思っていたから、嬉しくて――感極まってしまい、涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
 涙で不明瞭な視界でも、オーガスタスの鮮やかで美しい双眸はどうしてかはっきりと認識できる。

「ごめんね……。いろいろと手続きをしていたら、遅くなっちゃって」

 オーガスタスはそっとリルの肩を抱いた。そこが濡れていても、触れることになんのためらいもなかった。

「今日の朝、すぐにでも森を訪ねたかったんだけど……。トランバーズ伯爵に先に許可をもらうのが筋かなと思って。あなたをお嫁さんにしてもいいですか、っていう話をしていたところに、リルが来て――」

 熱い吐息が耳もとをかすめる。
 柔らかな白金髪が、頬をくすぐる。

「ねえ……。無理やりにでも僕を手に入れて、それからどうするつもりだった?」

 とたんにボッ、と火がついたように全身が熱くなった。
 そうだ、先ほどの話はすべて聞かれていたのだ。

「あ、の、ええと、私……っ」

 うろたえつつ、先ほどはなにを口走っただろうかと思い起こす。

(本人に聞かれたら恥ずかしいことばかり言っていたような……)

 思いがけぬ再会に気が動転しているのと、恥ずかしさもあいまって混乱している。
 しどろもどろするリルの背に腕をまわし、オーガスタスはぎゅうっと彼女の体をきつく抱きしめた。

「それにしても、入れ違いにならなくてよかった……」

 安堵のため息が耳朶をくすぐる。彼の温かさが、冷えた体にはいっそう染みた。
 たくましい体に腕をまわして抱きしめ返す。
 ここがロランの執務室だということも忘れ、リルはオーガスタスの胸に思いきり顔をうずめた。

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