※本編とは無関係なパラレルストーリーです。
新年を迎えるまであとわずかとなった夕暮れ時。
マレット男爵の突然の訪問にリルは驚き、彼が差し出してきたものを怪訝な顔で見おろしていた。
「――なんですか? それは」
「東洋の衣服で『振袖』というものです。あなたによく似合うと思って……持ってまいりました。今年はあなたにとても世話になりましたから、その礼です。どうか受け取ってください。……オーガス殿は、留守のようですね」
玄関からほとんどすべてが見渡せてしまう造りになっているリルの屋敷だ。マレットはオーガスタスの不在をすぐに察知した。
「ええ……。彼はいま出かけています。間もなく戻ると思いますが」
オーガスタスは白馬に乗って森を散策している。
リルが夕食の準備をしているあいだはそうしていることが多い。白金髪に鮮やかなオッドアイを持つ彼はリルが夕食を作っていてもところ構わずにべっとりまとわりついてきて、あらぬことをし始めるので、外に出ているようにきつく言ったのがきっかけだった。
「そうですか。とにかく、これをどうぞ」
ものめずらしい衣服をずいっ、と差し出されて困惑する。
マレットが持っているそれはとても色鮮やかだった。淡いピンク色を基調として、さまざまな模様が描かれている。見たところ花のようだが、このあたりでは目にしたことがないめずらしい花を模してある。
花模様の縁には金がほどこしてあり、とても豪奢で――高価な代物だというのは素人目にもわかる。
(こんな高そうなもの、とてもじゃないけど受け取れないわ)
リルはマレットが差し出している衣服をやんわりと押し戻す。
「お気持ちだけでけっこうです。どうやって着ればよいのかわかりませんし、私にはもったいないです」
断るものの、マレットは引き下がらない。
「では俺が着せます。さあ、ドレスを脱いで……。下着姿になってください」
「ええっ!? そんな……あの、本当にけっこうですから」
「いいえ、どうか遠慮なさらずに」
「ちょっ、ちょっと……!」
肩をつかまれ、ソファの前まで移動させられた。マレットは振袖とやらをソファのうえに置き、リルのドレスを脱がせにかかる。
(ん……!?)
彼の顔がすぐそばにきたことで、ふわりと香ったのは酒の匂い。
「……マレット男爵! 酔っていらっしゃいますね?」
「多少、酒は飲みましたが……酔ってなどいません」
「酔っぱらいはみんなそう言うんです。マレット男爵……っ、は、はなして」
「いやです。……ああ、あなたはとてもいい匂いがする」
マレットはリルの長い黒髪に顔を寄せてくんくんと匂いをかいでいる。
「やっ、やめて……!」
彼の胸を両手で思いきり押す。しかしマレットはわずかにあとずさっただけだった。真剣な表情でマレットは言う。
「とにかく脱いでください。うしろ向きでもいいですから」
「だからっ、着ないって言ってるでしょう!?」
背後にまわり込んだマレットに向かってリルは息巻きながら言った。
「往生際が悪いですよ、レディ・マイアー」
今日の彼は酔っているせいでまったくひとの話を聞いていない。まるでどこかの王子様のようだ。
マレットはリルのうしろから腕を伸ばし、ドレスのくるみボタンをはずした。
「やっ、だ、いや……っ!」
必死に抵抗するも、やはり男性の力にはかなわない。あっという間に下着姿にさせられてしまった。
なにかされるのでは、と身構えるも、危惧していた事態にはおちいらなかった。マレットはごく真面目に東洋の衣服をリルに着せていく。手つきは、決して慣れているとは言えない。
そうして、小一時間が過ぎた。
「――ああ、やはり……。あなたの黒い髪の毛には着物がよく映える。美しい……」
マレットは四苦八苦しながらなんとかリルに振袖を着せた。彼好みに仕上がったリルを、頭のてっぺんから足の先まで何度も視線を往復させて眺めている。
「レディ・マイアー、このまま俺と一緒に街にでも――」
前 へ
目 次
次 へ
新年を迎えるまであとわずかとなった夕暮れ時。
マレット男爵の突然の訪問にリルは驚き、彼が差し出してきたものを怪訝な顔で見おろしていた。
「――なんですか? それは」
「東洋の衣服で『振袖』というものです。あなたによく似合うと思って……持ってまいりました。今年はあなたにとても世話になりましたから、その礼です。どうか受け取ってください。……オーガス殿は、留守のようですね」
玄関からほとんどすべてが見渡せてしまう造りになっているリルの屋敷だ。マレットはオーガスタスの不在をすぐに察知した。
「ええ……。彼はいま出かけています。間もなく戻ると思いますが」
オーガスタスは白馬に乗って森を散策している。
リルが夕食の準備をしているあいだはそうしていることが多い。白金髪に鮮やかなオッドアイを持つ彼はリルが夕食を作っていてもところ構わずにべっとりまとわりついてきて、あらぬことをし始めるので、外に出ているようにきつく言ったのがきっかけだった。
「そうですか。とにかく、これをどうぞ」
ものめずらしい衣服をずいっ、と差し出されて困惑する。
マレットが持っているそれはとても色鮮やかだった。淡いピンク色を基調として、さまざまな模様が描かれている。見たところ花のようだが、このあたりでは目にしたことがないめずらしい花を模してある。
花模様の縁には金がほどこしてあり、とても豪奢で――高価な代物だというのは素人目にもわかる。
(こんな高そうなもの、とてもじゃないけど受け取れないわ)
リルはマレットが差し出している衣服をやんわりと押し戻す。
「お気持ちだけでけっこうです。どうやって着ればよいのかわかりませんし、私にはもったいないです」
断るものの、マレットは引き下がらない。
「では俺が着せます。さあ、ドレスを脱いで……。下着姿になってください」
「ええっ!? そんな……あの、本当にけっこうですから」
「いいえ、どうか遠慮なさらずに」
「ちょっ、ちょっと……!」
肩をつかまれ、ソファの前まで移動させられた。マレットは振袖とやらをソファのうえに置き、リルのドレスを脱がせにかかる。
(ん……!?)
彼の顔がすぐそばにきたことで、ふわりと香ったのは酒の匂い。
「……マレット男爵! 酔っていらっしゃいますね?」
「多少、酒は飲みましたが……酔ってなどいません」
「酔っぱらいはみんなそう言うんです。マレット男爵……っ、は、はなして」
「いやです。……ああ、あなたはとてもいい匂いがする」
マレットはリルの長い黒髪に顔を寄せてくんくんと匂いをかいでいる。
「やっ、やめて……!」
彼の胸を両手で思いきり押す。しかしマレットはわずかにあとずさっただけだった。真剣な表情でマレットは言う。
「とにかく脱いでください。うしろ向きでもいいですから」
「だからっ、着ないって言ってるでしょう!?」
背後にまわり込んだマレットに向かってリルは息巻きながら言った。
「往生際が悪いですよ、レディ・マイアー」
今日の彼は酔っているせいでまったくひとの話を聞いていない。まるでどこかの王子様のようだ。
マレットはリルのうしろから腕を伸ばし、ドレスのくるみボタンをはずした。
「やっ、だ、いや……っ!」
必死に抵抗するも、やはり男性の力にはかなわない。あっという間に下着姿にさせられてしまった。
なにかされるのでは、と身構えるも、危惧していた事態にはおちいらなかった。マレットはごく真面目に東洋の衣服をリルに着せていく。手つきは、決して慣れているとは言えない。
そうして、小一時間が過ぎた。
「――ああ、やはり……。あなたの黒い髪の毛には着物がよく映える。美しい……」
マレットは四苦八苦しながらなんとかリルに振袖を着せた。彼好みに仕上がったリルを、頭のてっぺんから足の先まで何度も視線を往復させて眺めている。
「レディ・マイアー、このまま俺と一緒に街にでも――」