『たっだいまぁ~』
マレットの言葉をさえぎるようにして玄関扉がひらいた。のんきな声で帰宅を告げ、オーガスタスが屋敷のなかへ入ってきた。
「これはこれはマレット男爵、こんばんは。こんな時間になんの用ですか?」
やけにとげのある言いかただ。リルとマレットのあいだに立ったオーガスタスは微笑して首をかしげた。マレットはあからさまに不機嫌な顔になった。
「今日は……年末の挨拶にまいりました。それから、彼女に振袖を着てもらいたくて」
「ああ、このドレスは振袖というんですか? 素敵ですね」
オーガスタスはいつもよりもさらに饒舌にリルを褒めちぎった。絶賛の嵐だ。ここまで褒められると逆にうさんくさい。過剰な褒め言葉はリルの振袖だけにとどまらない。
「そういえばマレット商会の馬車は目を引きますね。じつは僕、一度よく見てみたいと思っていたんです。せっかくの機会だ、見せてもらっても?」
「ええ、かまいませんが……」
「そうですか。では外へ行きましょう」
どういうわけか三人で外へ出ることになった。
(あ、歩きづらい)
すそはほとんど広がらない。リルは狭い歩幅でちまちまと歩いて玄関を出た。
(マレット商会の馬車って、それほどほかの馬車と違わない気がするけど)
彼の馬車は随所に東洋的な模様がほどこされいるが、しかしそれだけだ。模様は小さく、さほど目立たない。
それでもオーガスタスは、形がよいだの、なかが外見よりも広く見えるだのと、マレットの馬車をこれでもかと褒めたたえた。
「――ああ、だいぶん陽が落ちてきましたね。マレット男爵、そろそろお戻りにならないと賊が出るかもしれませんよ」
「ぞ、賊!?」
馬車を褒められて上機嫌だったマレットの顔がいっきに青ざめた。
「ええ、あるいは大きな熊とか」
「く、熊はこの森にはいないと以前レディ・マイアーが……」
「彼女は運よく遭遇しなかっただけですよ。ひとの手が入っていないところも多い広大な森だ。危険な野生動物にあふれていてもおかしくない」
「で、では……俺はこれで失礼します」
マレットは青ざめたまま馬車に乗り込み、御者に指示を出した。急用を思い出したから急げ、と言っていたが、きっと嘘だろう。
「おひとりでよいお年を~」
オーガスタスはひらひらと手を振りながら馬車を見送っている。
「もう、あんなこと言って……。私はずいぶん長いことこの森に住んでいるからわかるわ。熊なんて出ない。少なくともこの近辺では」
「僕だって、絶対に熊が出るとは言っていないよ。ただ、危険な野生動物が生息している可能性は少なからずある。そうでしょう?」
「……ええ、そうね。いるわね、ここに一匹。口達者な野生動物が」
「んー?」
オーガスタスはわざとらしくとぼけて首をかしげている。
「まあとにかく、屋敷のなかに戻ろうよ。寒いし、お腹がすいた」
すっかり彼のペースなのはいつものこと。
オーガスタスに押されるようにして屋敷のなかに戻ったリルは腹ペコ王子様を満たすべく、夕食の準備を再開した。
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マレットの言葉をさえぎるようにして玄関扉がひらいた。のんきな声で帰宅を告げ、オーガスタスが屋敷のなかへ入ってきた。
「これはこれはマレット男爵、こんばんは。こんな時間になんの用ですか?」
やけにとげのある言いかただ。リルとマレットのあいだに立ったオーガスタスは微笑して首をかしげた。マレットはあからさまに不機嫌な顔になった。
「今日は……年末の挨拶にまいりました。それから、彼女に振袖を着てもらいたくて」
「ああ、このドレスは振袖というんですか? 素敵ですね」
オーガスタスはいつもよりもさらに饒舌にリルを褒めちぎった。絶賛の嵐だ。ここまで褒められると逆にうさんくさい。過剰な褒め言葉はリルの振袖だけにとどまらない。
「そういえばマレット商会の馬車は目を引きますね。じつは僕、一度よく見てみたいと思っていたんです。せっかくの機会だ、見せてもらっても?」
「ええ、かまいませんが……」
「そうですか。では外へ行きましょう」
どういうわけか三人で外へ出ることになった。
(あ、歩きづらい)
すそはほとんど広がらない。リルは狭い歩幅でちまちまと歩いて玄関を出た。
(マレット商会の馬車って、それほどほかの馬車と違わない気がするけど)
彼の馬車は随所に東洋的な模様がほどこされいるが、しかしそれだけだ。模様は小さく、さほど目立たない。
それでもオーガスタスは、形がよいだの、なかが外見よりも広く見えるだのと、マレットの馬車をこれでもかと褒めたたえた。
「――ああ、だいぶん陽が落ちてきましたね。マレット男爵、そろそろお戻りにならないと賊が出るかもしれませんよ」
「ぞ、賊!?」
馬車を褒められて上機嫌だったマレットの顔がいっきに青ざめた。
「ええ、あるいは大きな熊とか」
「く、熊はこの森にはいないと以前レディ・マイアーが……」
「彼女は運よく遭遇しなかっただけですよ。ひとの手が入っていないところも多い広大な森だ。危険な野生動物にあふれていてもおかしくない」
「で、では……俺はこれで失礼します」
マレットは青ざめたまま馬車に乗り込み、御者に指示を出した。急用を思い出したから急げ、と言っていたが、きっと嘘だろう。
「おひとりでよいお年を~」
オーガスタスはひらひらと手を振りながら馬車を見送っている。
「もう、あんなこと言って……。私はずいぶん長いことこの森に住んでいるからわかるわ。熊なんて出ない。少なくともこの近辺では」
「僕だって、絶対に熊が出るとは言っていないよ。ただ、危険な野生動物が生息している可能性は少なからずある。そうでしょう?」
「……ええ、そうね。いるわね、ここに一匹。口達者な野生動物が」
「んー?」
オーガスタスはわざとらしくとぼけて首をかしげている。
「まあとにかく、屋敷のなかに戻ろうよ。寒いし、お腹がすいた」
すっかり彼のペースなのはいつものこと。
オーガスタスに押されるようにして屋敷のなかに戻ったリルは腹ペコ王子様を満たすべく、夕食の準備を再開した。