雨の香り、蜜の気配 《 01

 降水確率はゼロパーセント。傘は持たずに出掛けた。ふだんはバッグのなかに常備している折りたたみ傘も、外回りをするのには邪魔だから置いてきてしまった。けれどそういう日に限って、雨に降られてしまうものだ――。

「止みそうにないですね……」

 シャッターがおりた店の軒先で雨宿りをしながら雑賀 雫(さいが しずく)はポツリと言った。

「そうだな」

 降りしきる雨を眺め、そう短く返したのは雫の上司である蓮沼 裕貴(はすぬま ひろき)だ。
 夕方、シャッター街の先にある町工場で融資の商談を終えたふたりは工場を出たところで雨に降られてしまった。
 近くにはコンビニひとつない。傘を持たないふたりは閑散とした商店街の一角で雨宿りをしていたが、待てども雨は止みそうになかった。

「……私の家に来ます?」
「ああ、そうする。今日はもう切り上げよう」

 そう言うなり蓮沼は電話をかけた。本店営業部あての電話だ。直帰する旨を伝えている。

「――行こうか」
「はい」

 幸いここから徒歩数分のところに雫の自宅があった。最寄りのコンビニよりも近く、傘を買いに行くよりも手っ取り早い。
 雨のなかを連れ立って歩く。なるべく軒下を通るようにしたが、それでもやはり濡れてしまう。
 早足で歩くこと数分、自宅に着くころにはスーツのジャケットはもちろん、なかのシャツとそれから下着までぐっしょりと濡れていた。

「シャワー、浴びていってください」

 濡れた手で自宅マンションの玄関扉を開けながら雫は言った。蓮沼は「ああ」とだけ答えた。
 彼がここへ来るのは初めてではない。もう幾度となく招いたことがある。

「ずぶ濡れになっちゃいましたね」

 脱衣所へ直行し、蓮沼に背を向けて濡れたジャケットを脱ぐ。

「……雫」

 不意に名を呼ばれた。しかし振り向く間もなく、たくましい腕にうしろから体を覆われる。

「……っ! あ、の」

 香るのは雨。
 彼の両手が透けたワイシャツをまさぐる。
 秘めたところには蜜の気配が漂う。

「待って……。シャワーを……浴びて、から……」

 水を含んだ白いワイシャツが、蓮沼の手のひらによっていっそう肌に張り付く。決して快適な状態ではないというのに、温かく大きな彼の手にまさぐられているせいで心地よく思えてくる。

「ん……待てない。下着が透けてるのがすごくそそられる」
「ぁっ……!」

 シャツごと下着と一緒くたに両のふくらみを持ち上げられ、つい高い声を出してしまう。

「でも、このままじゃ……風邪、引いちゃいますよ。お互いに」
「温め合えば平気だろ」
「んっ……」

 首すじをちゅうっと吸われた。彼の唇は熱く感じた。雫の肌が冷えているせいだ。

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