王子様の涙 ~甥との蜜夜~ 《 第六章 王子様の涙

 彼の左耳のピアスが消えていることに気がついたのは蜜夜の翌日、夜になってからだった。
 メリルが手作りした夕飯を食べたあと、ふたりでテレビを見ながらソファでくつろいでいるときに博紀はそのことを指摘した。
 左の耳たぶをさすりながらメリルは淡々とつぶやく。
「ピアス? ああ……。失くしちゃったみたいだね」
「なっ……! いつだ? どこで失くしたかわかるか?」
「さあ。昨日まではあったと思うけど……。まあ、あんな小さなもの、もう見つかりっこないよ」
「なにを言う、探してもいないのに」
 博紀は立ち上がり、洗面台へ急いだ。鏡の前に置き忘れているのではないかと思ったが、そこにはなにもなかった。
 風呂のなかやトイレ、寝室のベッドや廊下の隅々までくまなく探す。しかし見つからない。彼の言うとおり、小さくてしかも半透明のものだから、見つけるのは困難なのかもしれない。

 真夜中になっても博紀はピアスを探し続けていた。
 一階の事務所の床やデスクの下を四つん這いになってごそごそとさぐる。
「……ヒロキ、もういいよ。僕はあきらめてるんだから」
 メリルが二階から博紀を見おろす。その表情はどこか冷めていた。
「きみがよくても俺がよくない。……いちおう、姉の形見だからな」
 姉が亡くなったと聞いたとき涙ひとつ出てこなかった。そんな男の言う台詞でないのは重々承知している。だから、彼女の形見をメリルに身につけていて欲しいと思うのは博紀のエゴだ。
「ヒロキは母さんのこと、慕っていたの? 十八年も会っていなかったのに?」
 彼は痛いところを突いてくる。博紀がピアスを探す真意をメリルは勘付いているのだろうか。
 博紀はデスクの下から抜け出し、身を起こした。二階を見上げる。
 記憶に残る姉の面影は彼女が若いときのままだ。優しく穏やかで貞淑な姉だった。あまり多くの時間を過ごしたわけではないが、それでも――。
「姉さんの訃報を聞いたとき、俺は涙すら流さなかった。実感がなかったのか、薄情なのかは自分でも……いまでもわからない」
 メリルはなにも言わずにただ博紀を見つめている。博紀は話し続ける。
「後悔している。もっと、姉さんと一緒に過ごしたかった。結婚式にだって、本当は呼んでほしかった。いや……呼ばれていなくても、勝手に参列すればよかったと思う。だからいま、是が非でも見つけたいんだ。俺の記憶のなかの彼女はすべて過去のものだが、きみが身につけていたあのピアスは――光っていた。息づくように」
 いったいなにを言っているのか、自分でもよくわからない。
 あのピアスが、亡き姉とメリルをつないでいるような気がした。
 だから探す。ふたりを、自分自身につなぎとめていたいから。
 博紀はふたたびデスクの下に潜り込んだ。根気強く小さな雫を探す。しばらく経ってから二階を見上げた。そこに、メリルの姿はなかった。

 翌日は早朝から現場めぐりだった。現場監督と昼食をとったあと、すぐには現場に戻らずジュエリーショップへ向かった。
 それからふたたび現場へ戻り、工務店で打ち合わせをしたあと自宅に戻った。日が暮れていた。
「……メリル、これを」
 昨日と同じように、夕飯のあとはふたりでソファに座っていた。博紀は真っ白な小さな箱を甥に差し出した。この状況でもしも中身が指輪だったら、まるで求婚しているようだ。
 メリルは「なに?」とつぶやきながら箱の包みを開ける。
「……え」
 碧い瞳が揺らめく。メリルは雫の形をしたピアスを見つめ、ぱちぱちと数回まばたきした。
「けっきょく、きみのピアスは見つからなくて……。よく似たものを、買ってきた」
 事務所のなかを夜通し探したが、形見のピアスは見つからなかった。代わりに買ってきたものは雫の形はしているが、透明感がない。前のものはクリスタルだったが、これはシルバーだ。
「馬鹿だな、ヒロキは」
 思いも寄らぬ彼の言葉に驚き、とたんに腹の底が冷えた。メリルは眉間にしわを寄せている。迷惑そうな、顔をしている。
「……母さんのピアスは捨てたんだよ、ごみ箱のなかに。この家のどこにも存在していない。それなのにヒロキはあんなに必死に探しちゃって……。しかも、こんなものまで買ってくるなんて」
 小さな箱を持つメリルの手に力が込められたのがわかった。投げ捨てられるかと、そう思った。
「なぜ、捨てたんだ」
 彼の碧い瞳を見つめて問うた。メリルが視線を泳がせる。
「見ていたら、つらくなるから。父さんと母さんが頭のなかにこびりついて、離れない。だから、つらくて……捨てた。枷か、あるいは鎖だったんだよ、あれは」
 いまにも涙が零れ落ちそうな顔をしている。ぎゅうっと抱きしめたい衝動に駆られたが、こらえる。
 亡き姉の形見を捨てる必要はあったのだろうか。机の引き出しのなかにでもしまいこめばよかったものを。彼女たちのことをいつも思い出すのがつらいなら、たまに引き出して眺めればいい。博紀ならそうする。メリルは意外と極端な性格だ。
 しかし捨ててしまったものはもう取り返しがつかないから、あれやこれやと言及はしない。心の声は表には出さず、博紀は言う。
「……すまない。よけいな世話だったな」
 渡したばかりのピアスの箱をつかむ。だが取り返せなかった。
「待って。これ、ちょうだい」
「いや、しかし……」
「せっかくだから、もらっておく。これを見ていたら、あったかい気持ちになれそうだから。だって、想いが込められているでしょう? 僕たちを想う、ヒロキの温かい気持ちが――」
 メリルのまなじりにはシルバーピアスと同じ形のものが浮かんでいる。それから彼は嬉しそうにほほえみ、真新しいピアスをそっと手に取った。さっそく左耳につけている。
「どう? 似合うかな」
「ああ、とても」
 ななめ向かいのメリルに手を伸ばし、銀色のピアスを指で弾いて揺らした。ほほえんでいたメリルだが、しだいに口角が下がっていった。への字になる。
「ヒロキ、ごめんね。どんなに探しても母さんのピアスは見つかりっこないのに、捨ててしまったことを黙ってて……本当にごめん」
 メリルが博紀の顔をのぞき込む。
「……僕のこと、軽蔑した?」
「まさか……。するわけないだろ、軽蔑なんて」
「じゃあどう思ってるの? 僕のこと。突然両親を亡くした、かわいそうな甥?」
「……いや、違う。俺は――」
「僕はヒロキのことが大好きだよ。だって、命の恩人だから」
 金の髪の毛と、シルバーピアスが大きく揺れた。メリルは突然、立ち上がった。近づいてくる。
「……どういう意味だ?」
 ソファに座ったまま尋ねた。メリルが博紀のひざのうえにまたがる。
「あの日――初めて出会った日。ヒロキの言うとおり、僕はあそこから飛び降りようとしていたんだ」
「なっ……!」
 驚く博紀をよそにメリルは彼のスラックスのベルトを手際よくはずした。メリル自身も、Gパンのベルトをはずして前をくつろげている。
「心配しないで、いまはそんなことこれっぽっちも考えていない。ヒロキとともに過ごす毎日が、楽しいから」
 メリルの手でワイシャツがひらかれていく。メリルは博紀の白いワイシャツのボタンをへそのあたりまではずし、浅黒い乳首を指で突ついた。
「な、なんだ? 積極的だな、メリル。言っておくが俺は喘いだりしないぞ、絶対に」
「そういうヒロキは、今日はやけに消極的だね? このあいだはあんなに激しく僕を求めたのに。僕だって、あなたがよがってるところが見たい」
「ちょっ、おい」
 博紀のスラックスを引き下げるメリルの手はとても力強かった。いっきに下半身を丸出しにされてしまった。
 メリルも、Gパンを脱ぎ捨てている。ふたりとも下半身にはなにも身につけていない。 
「ああ、こうやってヒロキのものと擦り合わせるの、すごくいい。あれ、でも僕のほうが」
「……おい、それ以上は言うな。地味に傷つく」
「はは、ごめん」
 メリルは博紀のひざのうえに座り、腰を揺らして肉竿を合わせた。互いの一物がごつん、ごつんとぶつかり合う。それぞれが、自分のものではない陰茎をつかむ。どちらからともなく唇が重なる。
「んっ、ん」
 なまめかしくうめいているのはメリルのほうだ。気持ちよさそうに腰を揺らしている。
(俺をよがらせるんじゃなかったのか)
 そんなことを考えながらメリルの巨根をしごく。
「あっ、あぁ……。だめだな、やっぱり」
「なにがだ?」
「ヒロキを喘がせようと思ってたのに、僕のほうが……っ、ん」
 博紀の首すじに顔をうずめてメリルは続ける。
「でも、いつか絶対……ヒロキに『あんあん』言わせるからね」
 そうつぶやくやいなや、ちゅうっと博紀の首すじに吸い付いた。その口付けがあまりにも激しく強く、思わず手を止めてしまうほどだ。
「ちょっ、そんなところに痕をつけるなよ」
 博紀の耳のすぐ下にキスマークを散らしたメリルはにいっと唇の端を上げた。
「ここなら、ワイシャツを着ていても見える位置だね」
「こ、の……っ」
 博紀はキスマークの腹いせにメリルの黒いTシャツを強引にまくり上げた。鎖骨のわずか下に仕返しをする。彼は首もとが開いた服を着ていることが多いから、この位置でも他人の目に触れる。
「あ、もう……! 負けないよ」
 ふたたび首すじに唇を寄せてくるメリル。博紀はキスマークの付け合いにはのらない。さらけ出ている薄桃色の乳首を親指で小刻みに擦った。
「ふっ、ぅ」
 メリルは乳首と肉棒の両方で感じながらもキスマークをつけるのをやめない。首すじはきっと真っ赤になっていることだろう。
 メリルが執拗にキスマークをほどこしてくることが嬉しくて、彼の肉竿を擦る手が素早さを増す。かわいらしい小さな乳首も、いじり倒したくなってくる。博紀はメリルの耳のなかに舌を突っ込んで蹂躙しながら彼の性感帯をまさぐった。
「んっ、んん――!」
 握り込んでいた陽根がびくびくと震えた。
「っ、やだな、また僕が先にイッちゃった」
 メリルの白濁液はいまだに猛々しい博紀の肉竿にも付着していた。メリルはそれを指で拭い取り、そのまま自身の臀部に手を添わせた。
「ねえ……。僕のなかに入って、ヒロキ」
 菊門に淫液を塗りつけながらメリルが誘う。博紀の喉がごくりと動いた。情欲の肉塊も、どくんと脈動する。
「いいのか? メリル」
「ん……」
 彼が腰を浮かせた。博紀の陰茎をつかんで下半身のつぼみにそれをあてがい、ゆっくりと腰を下方に落としていく。
「っ、は、ぁ……!」
 メリルは苦しそうに眉根を寄せている。
「おい、無理はしなくてもいいぞ」
「無理なんて、してないさ」
 その笑顔に心が痛む。つらいのを押し殺しているのではないだろうか。
「メリル……ッ」
 頭のなかで考えていることと正反対に身体が動く。博紀は腰を揺らしてメリルを突き上げた。
「っく、う……!」
 いっそう苦しそうに声を漏らす彼を見ていられない。そう思うのに、自分自身を制御できない。博紀はメリルの頬に手を這わせて想いを吐き出す。
「メリル、俺は……たぶん、ひとめぼれだった。気付けばきみのことばかり考えている。きみを苦しめるようなことはしたくないのに、止まらない――」
「あっ、ああ……!!」
 壮絶な圧迫感が博紀を見舞う。どうやらタガがはずれてしまった。理性と一緒に愛情まで吹き飛んで、獣のようにただ腰を揺するだけになっている。
「メリル、すまない……っ」
 われながらひどいことをしている。謝罪など本当に口先だけだ。彼のためを思うならいますぐに肉棒を引き抜くべきだとわかっているのに。
「ん、へいきだよ……。なじんで、きた。気持ちいい」
 それが真実なのか、あるいは博紀のための嘘なのか判別がつかない。心身ともに冷静だったならば違ったのだろう。しかしいまは身体中の血がたぎり、心は舞い上がり、とてつもなく興奮している。
「メリル、メリル――……!」
 博紀は己の理性を引き止めるように何度も彼の名を呼び、愛をたしかめるように唇を寄せ、想いとともに肉茎を震わせた。

***

 あいかわらず小鳥のさえずりがうるさかった。
「――キ、ヒロキ」
 最愛の小鳥の声はうるさくなど感じない。
 目が覚めていちばんに彼の美しい双眸を拝める幸運に感謝しながら博紀は金の髪を撫で、白い身体を抱き寄せ、薄桃色の唇をそっと塞いだ。

FIN.


お読みいただきありがとうございました。

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