王子様の涙 ~甥との蜜夜~ 《 第五章 蜜夜

 彼の細い指先は模型作りにはうってつけだった。
 メリルが友納設計事務所にやってきて数日が過ぎたある日、彼は怜のとなりで黙々とスタディ模型作りに励んでいた。
「おっ、すげえ。昨日よりうまくなってるよ、メリル」
「え、本当?」
 メリルは嬉しそうに怜を見上げ、にっこりとほほえんだ。いっぽうの博紀は彼とは対照的な表情だ。
「メリル、昨晩も遅くまで模型を作っていただろう。ほどほどにしないと身体を壊すぞ」
「まあまあ所長、そう頭ごなしに言わなくても。でもホント、すごいと思いません? まだ始めたばかりなのにすげえうまい」
 怜はメリルが作った緻密な模型に顔を寄せてまじまじと見つめている。設計物の空間を把握するために製作する簡易的な白い模型は、シンプルであるがゆえに手先の器用さに大きく左右される。たしかに、メリルが作った模型は素人とは思えないできばえだった。
「そうれは、そうだが……。目の下にくまができているし」
 博紀はマウスをカチカチッと素早くクリックして、コンピューター上に図面を描きながら小さな声で言った。
「……うん、ほどほどにしておく。心配してくれてありがとう、ヒロキ」
 彼の笑顔ひとつで心が晴れる。
 博紀は急に席を立った。すたすたと早歩きをしてトイレへ向かう。洗面台の鏡に映る自分の顔は、りんごのようだった。

ふと夜中に目が覚めた。やはりソファでは眠りが浅い。尿意で目覚めたわけではないと自分に言い訳しながら起き上がり、リビングを出て廊下を歩く。
(……メリル? まだ寝てないのか)
 寝室のドアの隙間から明かりが漏れている。博紀は眉をひそめ、コンコンッと控えめにドアをノックした。なかからすぐに「はい」と返事が聞こえた。扉を開けて部屋のなかへ入る。
「いったいどこが『ほどほど』なんだ? 根を詰めるな」
 メリルは寝室の小さな机で昼間と同じように模型を作っていた。博紀は腕を組んで扉にもたれかかり、彼をにらむ。メリルはこちらを見ない。模型作りに没頭している。
「うーん、でも……夜はひまだから」
 白いスチレンボードにカッターで切れ目を入れながらメリルがつぶやいた。博紀はいっそう顔をしかめる。
「ひまって……。もう夜中の3時だぞ。昼間に寝ているならまだしも……きみはずっと起きている」
 ふう、と大きなため息をついてメリルが振り返る。口うるさいと思われているだろうか。たとえそう思われていても、彼の身体を気遣わずにはいられない。保護者として、メリルには元気に過ごしてもらいたい。
 博紀のなかにあるのは保護者として彼を案じる気持ちだけではなかったが、いまはそのことは考えない。
「熟睡できないみたいで……。寝てもすぐに目が覚めてしまうんだ」
 メリルはまぶたを閉じて、弱々しくそう言った。
「眠れない、のか」
 安易に睡眠薬をすすめるのはどうかと思う。やはり一度、病院で診てもらうべきだろう。そう進言しようとしていたら、先にメリルが口をひらいた。
「けど、ヒロキが添い寝してくれたら、眠れるかもしれないね」
 博紀はじいっとメリルを見つめ、歩き出す。
「……っ!?」
 彼の腕を荒っぽくつかんで立たせ、放るようにベッドに押し倒した。博紀がメリルに覆いかぶさる。ふたりの重みでベッドは深く沈み込む。
「きみは俺を試すようなことばかり言う」
 平坦な声音でつぶやき、博紀は唇を寄せた。
「……っふ」
 水分を摂らせるためでもなんでもない、ただの口付け。欲のままに彼の唇を貪る。
 嫌がられると思っていたのに、そうではなかった。
 博紀がメリルの下唇を甘く噛む。メリルは博紀の上唇をそっと食む。示し合わせたようにふたりは舌を絡ませた。
(俺はいったいなにを――)
 息遣いを荒くしながら生温かい舌を堪能する。頭のなかは背徳感であふれている。それなのに、やめられない。メリルの白い頬を両手で覆い、それから首すじを撫で、彼のパジャマの上着に手をかけた。
「きみは……その、ゲイなのか?」
 唇を離して、メリルに尋ねた。彼の答えを待つあいだも、上着を脱がせる自身の手はやすませない。彼も抵抗はしない。
「……さあ? どうだろう。セックスする相手の性別はあまり気にしない。顔が好みかどうか、それだけだよ」
「それは、俺がきみの好みの顔ということか」
 上着を脱がせるとすぐに素肌だった。肉付きは決してよくないが、数日前に見たときよりも健康的になっているような気がした。もっとも、この部屋の光源はメリルが先ほどまで作業していた小さな机のうえの卓上ライトだけだ。このベッドを煌々と照らしているわけではないから、彼の裸体はそれほどよく見えない。
「そうだね。ヒロキは母さんによく似てる」
「……その言葉、そのままそっくり返す」
「それじゃあ、僕とヒロキが似ているってことになるね。髪を金に染めてみる? 見分けがつかなくなるかも」
 博紀は「ふん」と鼻で笑った。口角を上げ、滑らかな胸板を指でたどる。
「似てなど、いない。きみは――綺麗だ」
 彼の乳首は男のわりにみずみずしい色をしている。乳輪を指でかたどると、メリルは「んっ」となまめかしい声を漏らした。
「それって口説いてるの? ヒロキ」
 博紀に乳輪をまさぐられて感じているのか、メリルは眉根を寄せてまぶたを細めた。胸板が大きく上下している。
「……それで、ヒロキは男のひとが好きなの?」
 メリルは先ほどの博紀と同じ質問をしてきた。どういう意図で彼がそれを尋ねたのかわらかない。そして自分自身、その答えを持ち合わせていなかった。
(男を好きになるなんて)
 有りえない。メリルの乳首を指で弾く。
「ん……っ」
 男の喘ぎ声など気色悪いだけ。そう思うのに、どうしてかメリルのそれには情欲をかき立てられる。博紀の下半身はたぎっていた。
 もしもメリルが女でも、惹かれていたと思う。だからといって女になって欲しいとは――女のように振舞って欲しいわけではない。
 ただ、知りたい。彼がどんなふうに乱れるのかを。
「気持ちいいのか? 乳首をこうされるのが」
「ん、ふっ……」
 両方の薄桃色を指で前後にがりがりと擦り立ててなぶった。メリルの頬は紅潮している。ちらりと彼の下半身を盗み見る。博紀と同様に隆起している。パジャマ越しでもそれがわかった。
「メリル」
 男の愛しかたなんてわからないから、好きなようにやる。やりたいことを、やる。
 博紀は薄桃色の小さな乳首に唇を寄せた。
「っ、ぁ……!」
 まさか男の乳首を舐める日がくるとは夢にも思っていなかった。しかしなんの抵抗もないのはどうしてだろう。れろれろと上下左右に舐め、カリッと歯で甘噛みする。メリルが悶える。
「っぅ、う」
 自制しているような、くぐもった喘ぎ声だ。もっと大きな嬌声が聞きたくて、さらに彼を責める。舌で舐めていないほうの乳首を親指でぐりぐりと押した。股間にも手を伸ばす。
「ぁ……っ!」
 ふくらんだ肉茎をパジャマのうえからさする。メリルはびくんと全身を震わせた。
「ひ、ヒロキ……ッ、あの」
 いまさら怖気づいたのだろうか。メリルは博紀の肩をつかんで引きはがそうとしている。しかしこんなところでやめられるはずがない。
 博紀はメリルのパジャマをなかの下着ごといっきにずるりと引きおろした。
「あっ……! やっ、う」
 メリルの一物は思っていたよりもずいぶんと大きかった。いまも彼の乳首を舐めまわしているから、直接それを拝んでいるわけではないが、もしかしたら自分のものよりも――。いや、無用の比較だ。
 博紀は陰茎の形をたしかめるように手を這わせる。
「っ、そんな……触っちゃ、恥ずかしいよ……。ぅっ」
 他人の竿を扱うのは初めてだが、どこをどうすれば気持ちがいいのかはわかる。亀頭から染み出している、ぬめりのある液体を親指で押し広げながら博紀は陰茎の裏側をほかの指でくすぐった。
「ぁっ、あ、ん……っ!」
 恥ずかしいと言いながらも彼はしっかりと感じている。陽根の先端からは淫液が次々と漏れ出てくる。
「声、我慢しなくていいぞ……。むしろ、もっと聞きたい」
 舌先でつんっと薄桃色の乳首を弾き、博紀は唇の端を舐めながら言った。メリルは口もとに手を当てて顔をそむける。
「我慢、なんて……してない。女の子じゃないんだから、喘いだりしな――っ、う!」
 巨根をぎゅうっと握り込んで上下させる。そんなふうに言われると是が非でも喘がせたくなってくる。博紀はふたたびメリルの乳首に舌を這わせ、右手で硬直をしごき、もう片方の手で小さな乳首をぎゅうっとつまんだ。
「んぁぁっ! あ、うっ……」
 甥を丸裸にして性感帯をいじり倒す自分はひどい男だ。背徳感に勝る征服心が博紀を突き動かす。ほかに愛でる方法を知らないのかと自問しながらも執拗に彼を責める。
「あっ、あ、んぁっ――……!」
 白濁液が勢いよく散る。博紀のボトムスと、それからシーツのうえに染みができた。メリルは口もとを押さえたまま言う。
「あ……っ。ご、ごめん。汚してしまった」
「そうさせたのは俺だ。謝る必要なんてない」
 申し訳なさそうに眉を下げるメリルが愛おしい。
 身体が勝手に動いていた。彼の唇を性急に塞ぎ、達したばかりの肉竿をふたたび手に取る。すぐに隆々と硬さを増してきた。
「元気だな、メリル」
「……っ、そんな、こと」
 恥ずかしそうに頬を赤らめる彼を見ていると、性的な加虐心に拍車がかかる。博紀はメリルの身体を撫でまわし、全身に舌を這わせた。
 秘密の夜が、更けていく。

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