クールでウブな上司の襲い方 《 第三章 12

 慎太郎と想いが通じ合い、何度も体をつなげた翌朝。

「今日、おばあちゃんのところにお見舞いに行きませんか?」

 ふたりそろって朝寝坊をして、朝食兼昼食をとっているときに優樹菜は慎太郎に提案した。
 慎太郎はどうしてかギクリとしたような表情を浮かべて箸を止める。

「節子さんには……その……見舞いには来るな、と以前言われたんだが」
「ああ、それって逆に『見舞いに来て』ってことですよ。クマまんじゅうをお土産に持って行けばすごく喜ぶと思います」
「そうか……。そうだな、行くべきだ」

 慎太郎はやけに神妙な面持ちでそう言った。なにかを固く決意したときのような、そんな顔だ。

(そんなに覚悟がいることかな……?)

 優樹菜は玉子焼きをモグモグと噛み締めながら、真面目くさった表情を浮かべている慎太郎を見つめた。

***

 節子が入院している病院に向かっているあいだも、慎太郎は終始どこか落ち着かない――緊張しているようだった。
 いつにも増して口数少なく、黙々と車を運転している。
 信号の待ち時間、優樹菜はできたてホヤホヤのクマまんじゅうを膝の上に乗せたまま彼に話しかける。

「あの……大丈夫ですか? 慎太郎さん」
「………」
「……慎太郎さん?」

 ふたたび呼びかけると、慎太郎はあわてたようすで「すまない、なんだ?」と尋ね返してきた。

「えっと……。なんだかソワソワしていらっしゃるような気がして……。あっ、もしかしてお腹が痛いとか?」
「いや……、平気だ。なんでもない」

 ふう、と深いため息をつく慎太郎。信号が青に変わる。黒いセダンは静かに発進した。


「――節子さん、申し訳ございません!」

 優樹菜は口をあんぐりと開けて慎太郎を見た。
 節子の病室――大部屋なのだが――、彼女のベッドの脇に立つなり慎太郎はほぼ90度は曲がっているであろう、深い深いお辞儀をしたのだ。

「ちょっ、え……!? どうしたんですか、慎太郎さん。と、とにかく顔を上げてください」

 大部屋の間仕切りカーテンはどこもひらいている。同室の入院患者に好奇の目を向けられている。
 慎太郎はゆっくりと顔を上げた。眉尻が下がっている。とても申し訳のなさそうな面持ちだ。
 節子はパジャマ姿でベッドにいた。上半身を起こしている。足には痛々しいギプスをはめているが、優樹菜にはとても元気そうに見えた。

「俺は――節子さんの大切なお孫さんに手を出してしまいました」

 静かにポツリと慎太郎が言った。

「あら、まあ」

 節子は口もとに手を当てて慎太郎と優樹菜を交互に見た。

「やっ、やだ、違うよ! 私が慎太郎さんを襲ったの! ――って、あ、いや……その」

 つい大きな声を出してしまった。あわてて口を押さえる。

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