節子はあいかわらず口もとに手を当てたままだった。なんとも言えない沈黙に包まれる。
(おばあちゃん、怒ってるのかな……?)
優樹菜にしても慎太郎にしても、祖母はふたりを信頼して下宿屋に一緒に住まわせたのだと思う。それなのに、その信頼を裏切るようなことをしてしまった。
(どうしよう……)
慎太郎と身も心も通じ合った喜びで、まったく気にしていなかった――というか気がついていなかったのだが、彼のほうはきっとこのことを気に病んでいて、それでようすがおかしかったのだろう。
優樹菜は目を伏せてうつむいていた。すると、
「ふふふ……」
こらえきれないというような、くぐもった笑い声が聞こえてきた。
パッと顔を上げて、声がしたほうを見る。節子はニンマリと笑っていた。
「ふふっ、早くひ孫の顔が見たいわぁ」
「え……。な、なに言ってるの、おばあちゃん」
目を白黒させて祖母を見る。節子はおだやかにほほえんでいる。
「じつはね、ふたりがそういう関係になったらいいなと思っていたのよ。大成功だわ」
そう言ってかわいらしくウィンクをする節子は、とても80歳を過ぎているようには見えない。髪の毛は黒々としていて薄くもなく、顔のしわだって少ないほうだと思う。
しかしふと、彼女の表情に影がさした。
「私はもう歳も歳だから……。この先、いつまでも慎太郎の世話をできるわけじゃないからね。優樹菜、彼を頼んだよ」
「もっ、もちろん! ……でも、おばあちゃんもまだまだ頑張ってよ。ひ孫の世話があるんだからねっ」
優樹菜は身を乗り出してそう言った。
(寂しいこと、言わないでほしい……)
あとは任せた、だなんて――そんなふうに言われるとなんだか無性に物悲しくなってしまう。
そう思ったのは、優樹菜だけではなかった。
慎太郎は優樹菜と節子のやりとりを黙って聞いていた。
チラリと彼のほうを見やる。優樹菜はまたしてもギョッとすることになる。
「し、慎太郎さんっ……?」
彼の瞳からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。頬とあごを伝ってすべり落ちた涙がVネックのニットシャツに染みをつくる。淡いグレーのシャツだから、涙の染みはよけいに目立った。
「あら、ちょっと早すぎるんじゃない? 私はまだすぐには死なないわよ?」
冗談めかして節子が言った。慎太郎はすぐにそれを否定する。
「いや、そういうことじゃなくて……その……」
慎太郎は「すみません」とつぶやきながら目もとを指でゴシゴシとこすっている。
「「あ、そんなにこすったら――」」
ふたりの声が重なった。優樹菜と節子は互いに「あっ」と言いながら目を丸くして顔を見合わせ、そのあとは「ふふ」と笑い合った。
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(おばあちゃん、怒ってるのかな……?)
優樹菜にしても慎太郎にしても、祖母はふたりを信頼して下宿屋に一緒に住まわせたのだと思う。それなのに、その信頼を裏切るようなことをしてしまった。
(どうしよう……)
慎太郎と身も心も通じ合った喜びで、まったく気にしていなかった――というか気がついていなかったのだが、彼のほうはきっとこのことを気に病んでいて、それでようすがおかしかったのだろう。
優樹菜は目を伏せてうつむいていた。すると、
「ふふふ……」
こらえきれないというような、くぐもった笑い声が聞こえてきた。
パッと顔を上げて、声がしたほうを見る。節子はニンマリと笑っていた。
「ふふっ、早くひ孫の顔が見たいわぁ」
「え……。な、なに言ってるの、おばあちゃん」
目を白黒させて祖母を見る。節子はおだやかにほほえんでいる。
「じつはね、ふたりがそういう関係になったらいいなと思っていたのよ。大成功だわ」
そう言ってかわいらしくウィンクをする節子は、とても80歳を過ぎているようには見えない。髪の毛は黒々としていて薄くもなく、顔のしわだって少ないほうだと思う。
しかしふと、彼女の表情に影がさした。
「私はもう歳も歳だから……。この先、いつまでも慎太郎の世話をできるわけじゃないからね。優樹菜、彼を頼んだよ」
「もっ、もちろん! ……でも、おばあちゃんもまだまだ頑張ってよ。ひ孫の世話があるんだからねっ」
優樹菜は身を乗り出してそう言った。
(寂しいこと、言わないでほしい……)
あとは任せた、だなんて――そんなふうに言われるとなんだか無性に物悲しくなってしまう。
そう思ったのは、優樹菜だけではなかった。
慎太郎は優樹菜と節子のやりとりを黙って聞いていた。
チラリと彼のほうを見やる。優樹菜はまたしてもギョッとすることになる。
「し、慎太郎さんっ……?」
彼の瞳からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。頬とあごを伝ってすべり落ちた涙がVネックのニットシャツに染みをつくる。淡いグレーのシャツだから、涙の染みはよけいに目立った。
「あら、ちょっと早すぎるんじゃない? 私はまだすぐには死なないわよ?」
冗談めかして節子が言った。慎太郎はすぐにそれを否定する。
「いや、そういうことじゃなくて……その……」
慎太郎は「すみません」とつぶやきながら目もとを指でゴシゴシとこすっている。
「「あ、そんなにこすったら――」」
ふたりの声が重なった。優樹菜と節子は互いに「あっ」と言いながら目を丸くして顔を見合わせ、そのあとは「ふふ」と笑い合った。