エロティック・ジュエリー ~ときどき淫らな子爵さま~ 《 プロローグ

「きみのすべてを僕にさらして鎮めて欲しい。この、どうしようもない部分を」


 なにを言われたのかわからなかった。言語は理解できるがその真意がまったくわからない。
 真面目で温厚な唯一の上司が発した一言の解釈に困り、ダリア・マクアードルは身を硬くしていた。ふだんよりもあからさまに近くに彼の顔があるせいもある。

「どういう、意味でしょうか」

 事務室の角に囲い込まれているので視界は暗い。そんななかで彼を見上げても、その表情は暗く陰があり、なにを考えているのか読み取れない。

「ここ……くすぶってるんだ。苦しいくらいに」
「……っ! あ、の」

 太ももに押し当てられているコレはなんだろう。使い込んだ紫色のドレス越しにその硬い感覚がありありと伝わってくる。いったいなんなのかわからないけれど、そこがふだんは秘められた箇所で性的なものだというのは確かだ。

「館長……? えっと……」

 恋人でもない、ただの上司には「欲情しているのですか」とは訊くにきけない。
 磨けば催淫作用があるなどといういわくつきの宝石を、この私設美術館の館長でありいま目の前にいる麗しい男――アルヴァン・ニューウェイ子爵が手入れをしたのはほんの数分前のことだ。

(まさか……本当にそんな効果が?)

 冷静にアルヴァンを観察する。息遣いはいつもより荒い気がするが、そもそもこれほどまで近くに寄ったことがいままでになかったので比べようがない。
 彼のまわりにはいつも女性の人だかりがある。ユマノマクシティから認証および資金援助を受けているこの美術館はニューウェイ子爵家が代々経営をしてきた私設のミュージアムで、宝石を中心に絵画や彫刻など数十点をこぢんまりと展示している。そうしてある程度のあいだ展示したあとは販売を行うこともある。
 規模は小さくとも、各国の名品珍品がそろうニューウェイ美術館はそれだけで非常に魅力的なのだが、アルヴァンが館長になってからはさらに利用客が増えた。

「……ダリア」

 かすれ声で呼ばれ、びくっと肩を震わせる。芸術品のような、現実味を感じないほどに端正な顔が間近にせまっている。

「館、長……っ」

 彼の胸を押しながら、意味もなく呼び返す。ここ数年で増えた利用客の目当てはほとんどがアルヴァンだ。

「……っ、ん!?」

 アルヴァンはダリアの頬にちゅっと唇を押し付けた。両肩を押さえる彼の手にはさほど力が込められていないように思えるのだが、身じろぎすらできない。

(くすぐったい)

 ウェーブがかった白金の髪が肌に触れている。ツヤのあるそれは事務室の天井に吊り下がる傘つきの白熱球が放つ光に照らされていてまばゆい。

(どうして、こんなこと)

 アルヴァンの胸を押す両手に力が入らなくなってきた。
 頬に吸い付いているのは柔らかな唇。肌の感触を確かめるように小刻みにちゅ、ちゅっとみずみずしい唇が表皮をたどっている。

「っ、ぅ」

 ダリアは栗色の長いポニーテールをユラユラと揺らして身をよじった。腰とわき腹のあたりをすうっと探るように撫でられ、しかもその手がゆっくりと往復している。くすぐったくてたまらない。

「や、めて……ください」

 上司の麗しい顔を下からのぞき込む恰好で言った。
 潤いのある琥珀色の瞳が迷うことなく一直線にダリアの碧いそれを見据える。見つめ合っているだけなのに、体がどんどん硬くなって動きが鈍くなる。
 なぜ自分がそんな反応をしてしまうのか、さっぱりわからない。
 どうして、拒めないのだろう――。
 声もなくクイッとあごを引かれると、ますます顔の距離が縮まった。アルヴァンの表情は依然として無に近く、造り物のように淡々としている。
 琥珀色の瞳が細くなっていく。
 白金の髪が額に触れる。
 熱い吐息を、それまで以上に近くで感じた。

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