エロティック・ジュエリー ~ときどき淫らな子爵さま~ 《 第一章 03

 「いいじゃないかクラリス、俺なんてファーストネームすら呼んでもらえないんだから」

 ガレスは彼の妹――クラリス・マコーリーに向かって言った。
 クラリスは毎日のように美術館を訪ねてくる。開館してから小一時間ほどはこうして三人で話をしていることが多い。

(でも、さすがに呼び捨てにはできないわ)

 ガレスの妹であるクラリスに出会ったのはこの美術館で働き始めて間もなくのことだった。彼女は一応は客なのでマコーリー様と呼んだのだが嫌がられたので、ファーストネームに敬称をつけて呼ぶことにした。いくら年下といえどお客様には違いないので呼び捨てにはできない。

「今日は……グラント様はお見えになるかしら」

 クラリスは窓の外に熱視線を送っている。彼女が美術館に足繁く通う理由はそれだ。

「会いたいわ……」

 頬に手を当て、クラリスは惚けたようすで首を傾げている。美術館の常連客の一人でガレスの友人でもあるグラント・アルダートンのことを想っているのだろう。
 なんでも、転びそうになったところを助けてもらい、グラントに恋をしたのだという。
 それくらいで人を好きになってしまう気持ちがわかない、というのは失礼きわまりないのでクラリスには口が裂けても言えないことだが、事実そうだ。
 勉学一筋だったダリアは恋のコの字すら知らず、仕事ばかりのいまもまた縁がない。

(私にはこの子たちがいればじゅうぶん)

 展示室をぐるりと見渡し、絵画と宝石、彫刻や書物ひとつひとつに目配せをする。美術品を可愛がることがいまのダリアには至福なのだ。

「グラントはおまえのことなんて何とも思ってないって」

 やれやれといった調子でガレスがクラリスを見やる。

「歳だって、十も離れてるし」

 ガレスの言葉にクラリスはむうっと頬をふくらませて彼をにらんだ。

「愛があれば歳の差なんて!」
「いや、だからそもそも愛がない。おまえの一方通行だ」
「そんなことないわよねっ、ダリアさん!」
「えっ? ああ、そうですね」

 展示ブースの温湿度計を確認していたダリアが気のないあいづちを打つと、クラリスは桜色の唇を不満そうにきゅうっと引き結んだ。

「わ、わたし……グラント様をデートに誘うわ」

 ブースのガラスを拭きながら「それはいいですね」と無難にクラリスを後押しする。

「お兄様、ダリアさん。一緒に来て!」
「ああ、それはいい……っ、え!?」

 クラリスの言葉を聞き流していたダリアだが、他人事ではなくなりガラスを拭くのをやめて顔をグルンとほぼ90度回転させた。そこへ、クラリスが目当てにしている男がタイミングよく館内に入ってきた。

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