「――じゃ、俺のとこ来る?」
唐突に言われ、時任 未来《ときとう みく》は何度も何度もまばたきをした。
いや、話の流れからしたらそれほど突然のことではなかったのかもしれないが。
それは新年を迎えて間もなくのこと。
実家からは少し遠い会社に就職が決まって、さあ今度は住む場所はどのあたりにしようかと、新年会がてら家族をはじめ親戚や両親の友人がそろって話をしていたときだった。そこには隣の家から遊びに来ていた7つ年上の幼なじみ、佐伯 弘幸《さえき ひろゆき》も同席していた。
「いきなり一人暮らしなんて、この子にできるかしら。それにあっちのほうは何だか物騒だって聞くし」
テーブルを挟んで向かいに座る母親はあごに手を当てて渋面を浮かべていた。未来はオレンジジュースをぐびっといっきに飲み干してから言う。
「大丈夫だって。私、もう22歳なんだよ?」
「でもねぇ……あなた、うっかりしたところがあるから」
母親のそんな言葉に親戚、それから両親の友人までもが同調する。
「そりゃ違いない。未来ちゃん、このあいだまたバスに乗り遅れてただろう」
近所に住む叔父に指摘され、未来はギクリとして肩をすくめる。叔父の家はバス停のすぐ近くなのだ。窓か庭から見ていたのだろう。
「あれは……たまたまだよ」
「いいえ、それだけじゃないわ。昨日のニュースでやってたわよ、若い女性の一人暮らしを狙って下着泥棒が出たんですって」
「まあそうなの? 怖いわねぇ」
その話題には親戚のおばちゃん一同が大きくうなずき、「やっぱり未来ちゃんに一人暮らしなんて無理よ」と言い始めた。
「でもここからじゃ会社まで遠いんだもん。ただでさえ朝が弱いのに……遅刻しちゃう」
そこで、「じゃ、俺のとこに来る?」と発言したのが弘幸だ。なにを隠そう、未来は彼が勤めているのと同じ会社に内定したのである。
弘幸は焼酎を一口飲んだあとで不敵にニッと笑った。
「俺の家、会社から徒歩三分だから。部屋、余ってるし。朝メシ作ってくれるやつがほしかったところだし。おまえ、料理だけは得意だろ?」
笑った顔のまま横目で弘幸に熱視線を送られ、未来は「いや、その」と口ごもる。
「それ、いいじゃない!」
弘幸の母親は「未来ちゃんが一緒に住んでくれれば弘幸の食生活もぐんとよくなるわ」と付け加えて、「ねえ、一恵ちゃん?」と未来の母親に同意を求める。
「そうね、弘幸くんが一緒にいてくれれば安心だわ。ね、お父さん」
「ん、ああ……そうだな」
父親までもが賛成したとなれば、もうこの流れは変えられない。
「や、ちょっと……!」
――年頃の男女が一つ屋根の下に住むのをそんな簡単に認めちゃっていいわけ!?
そう抗議したかったが、それでは弘幸を意識していますと言わんばかりだ。