(まぁそりゃ、ヒロくんはお兄ちゃんみたいなもんだけどさ)
未来は両手に持ったままだった、オレンジジュースが入ったグラスをじいっと見つめる。そこに映る自分の表情は浮かない。
「ヒロくんは大丈夫なの? ……その、彼女……とか」
トクトクと心臓が鳴るのはなぜだろう。
「いたら同居なんて提案しないっての」
「む……」
――私にカレシがいないのはここにいる全員が知っていることだから、問い返されはしない。ちょっと悲しい。
「じゃ、決まりね! 未来ちゃん、これからもよろしくね」
弘幸の母親に満面の笑みを向けられる。
「毎朝しっかり叩き起こしてやるから、朝飯よろしくな」
いっぽう弘幸は焼酎のグラスを差し出してきた。乾杯しようということだろうか。
未来はオレンジジュースが入ったグラスをおずおずと弘幸のほうへ向けて、小さな声で「お世話になります」と言いながらグラス同士を控えめにコツンと合わせた。
弘幸のマンションに引っ越す日。雲ひとつないのは、彼が晴れ男だからだろう。
引っ越しはあっという間に終わってしまった。そもそも生活用品はあらかじめそろっているし、未来が持ってきたものといえば化粧品や着替えくらいだ。未来が使う部屋はゲストルームとして使っていたらしく、ベッドはもとからあった。
「未来が社会人――って、イマイチ実感がわかないな」
早々に荷物を片付け終えたふたりはリビングのソファに並んで座っていた。ソファの前のローテーブルにはコーヒーが置いてある。弘幸が淹れたものだ。
「おまえ、まだまだ子どもだもんなぁ?」
洒落たコーヒーカップの中に砂糖とミルクを放り入れたところでそんなふうに言われてしまった。未来は頬をふくらませる。
「大人でもコーヒーのブラックを飲めない人はいるでしょ!?」
未来は両手でカップを持ち、「ふー、ふー」と息を吹きかけてコーヒーを冷ます。弘幸はそのようすをニヤニヤとした面持ちで見ていた。
(猫舌なのも、きっと子どもだって思ってるんだ)
横目でジロリと彼を一瞥して、甘いコーヒーを口に含む。コーヒーを飲んだら気持ちが落ち着くかと思ったが、そう都合よくはいかなかった。弘幸と二人きりで話すのは初めてなのだ。
(……私ばっかり緊張しちゃって、バカみたい)
余裕たっぷりに長い脚を組んで片手でブラックコーヒーをすする彼はいかにも大人というような風情をただよわせている。
彼はもとから髪の色素が少し薄い。彼の祖父のそのまた祖父が外国の人だったのだという。そのせいか鼻は高く目もくっきりとした二重まぶたで、一見すると品のよい王子様のようなのだが、見た目とは裏腹に口は悪いし人使いは荒いし、外見からは想像できない性格なのである。
未来は彼を盗み見るのをやめて視線を前へ戻した。電源の入っていない大きなテレビに弘幸が映り込んでいる。