甘い香りと蜜の味 《 01

 自宅を通り過ぎ、そのとなりの建物へと一直線に向かう。
 白い壁に白い扉はいつ見ても清潔感がある。そこに這う緑の蔦《つた》はいつも生き生きとしていて、眺めるだけでも癒やされる。
 天井まで届きそうな大きな窓から見るかぎり、なかに客はいない。もう店じまいの時間だからだろう。

「――これと……あ、これも。そっちのもください」

 閉店間際のスイーツショップで、三枝 美樹《さえぐさ みき》は店の菓子をすべて買い占める勢いでショーケースを指差した。

「あらあら。スイーツパーティーでもするの?」

 顔見知りの女性店員――南 紗耶香《みなみ さやか》にそう尋ねられた美樹は、ぶんぶんと首を横に振って彼女の言葉を否定する。

「いいえ、ぜんぶ私が食べるんです。イートインで食べて行ってもいいですか?」
「もちろん。じゃあ、たくさん買ってくれたお礼にとびっきりのコーヒーを淹れてあげる」

 パチッと片目をつぶる紗耶香に「ありがとうございます」とお礼を言って、美樹は皿にあふれんばかりに載せられたスイーツを受け取った。
 アンティーク調の茶色い椅子とテーブルが設えらえたイートインスペースに向かっていると、

「そんなに食べたら太るよー?」

 店の奥から現れたのは三つ年下の幼なじみ、廣瀬 拓真《ひろせ たくま》だ。
 白いワイシャツに黒いベストと、くるぶしのあたりまであるエプロンを着た彼の姿を初めて目にしたときは、腹の底から笑いが込み上げた。
 彼は顔立ちがいいのでなにを着ても似合うのだが、幼いころから彼のことを知っている身としては、やんちゃないたずら坊主がいやいや、家業の制服を着ているのがわかって、何だか面白かったのだ。

「いいの、そういう気分なの!」

 美樹は「ふんっ」と鼻息を荒くして、イチゴのショートケーキ、ザッハトルテ、モンブラン――と、順番にフォークで切り取っては忙しなく口へ運んだ。
 「やれやれ」といったふうに拓真はため息をつき、店の玄関へ向かい、扉に掛かっていた札を裏返して『close』にした。それから、大きな窓ガラスのロールカーテンを引き下ろす。

「はい、美樹ちゃん」
「あっ、ありがとうございます! 紗耶香さん」

 紗耶香は美樹の前にコーヒーを差し出したあと、申し訳なさそうな顔になった。

「ごめんなさい、私はもう帰るわね。……美樹ちゃん、今度お話を聞かせて?」
「は、はい。お疲れ様でした」

 困ったように笑って、店の奥へと消える紗耶香を、美樹は淹れたてのコーヒーをすすりながら見送る。

(さすが、紗耶香さんは敏いなぁ……)

 年齢は二歳ほどしか違わないと思うが、彼女のほうがずいぶんと落ち着いているような気がする。

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