甘い香りと蜜の味 《 29

 美樹は部屋の隅から隅まで視線を走らせてためらったあとで、虫の鳴くような声で「はい」と返事をした。
 拓人の喉もとがゴクリ、と動く。
 彼がボトムスを引き下げる。なかのトランクスも一緒に下へずれた。
 あらわになったそれを見て、美樹はいっそう身を硬くする。

(お、大きい……!)

 どのくらいの大きさが『ふつう』なのかさっぱりわからないが、自分の体のなかにそれがおさまりきるのだとは到底思えなかった。
 顔を青くする美樹を見て、拓人は気づかわしげに小首を傾げる。

「……俺が、初めて?」

 訊かれ、こくりとうなずく。
 拓人はわずかに口の端を上げたあとで、笑みを浮かべた自身を律するように今度は唇を一文字に引き結んだ。それから美樹の両脚をあらためて左右に開く。

「痛む、と思うけど……ずっと、ってわけじゃないから」

 申し訳なさそうな顔の拓人がもう一度、「いい?」と訊いてくる。
 今度は大きくうなずいて、意思をはっきりと示す。

(深いところで、つながりたい)

 ――拓人さんのことが、好きだから。
 拓人は唇をわずかに開いて息を吐き出したあと、猛々しい雄棒を美樹の蜜洞にあてがった。そのまま、ゆっくりと腰を押し進める。

「ンッ……」

 内側がよく濡れていたおかげか、切っ先が入っただけでは痛みを感じなかったのだが――ある一点を過ぎたとき、引き裂かれるような痛みが脳天を突き抜けた。

「――ッ!!」

 美樹は両手で口を押さえて必死に耐える。ここで大声を上げてしまったら、ますます痛みが増してしまうような気がした。
 拓人は美樹の両頬を手のひらで覆い、何度も撫でた。瞳からあふれてきた涙を、悲痛な面持ちでそっと拭く。

「ごめん――痛い思いさせてるのに……俺、喜んでる」

 拓人がしばらく動かなかったからか、痛みが引いてきた。

「だい、じょうぶ……です。私も、嬉しいから」

 美樹がぎこちなくほほえむと、今度は拓人が泣き出しそうな顔になった。

「美樹ちゃんにこんなことできるの、俺だけ、だからね」

 それはまるで、宣言しているよう。

「結婚しよう。家を建てて一緒に住もう。この先もずっと、放さない――」

 美樹は目を丸くする。あまりに唐突な発言だ。

「ああ、いや……もっと先で言うつもりだったのに」

 拓人は前髪をくしゃりと押さえて眉根を寄せた。
 そんな彼が、いつになく身近に感じた。
 大人の余裕なんて全然感じない。目の前のことに精いっぱいなのがわかる。
 美樹は拓人の背に腕をまわし、ぎゅうっと抱きしめたあとで言葉をつむいだ。
 飾り気のない、素直な気持ちを。

FIN.

お読みいただきありがとうございました!

熊野まゆ

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