伯爵ときどき野獣 《 番外編 06

「そろそろ、いきそうだ……」
 奔放だった律動が意図して膣肉をまくしたてる。いけ、いけと言われているようだった。
「ひぁぁっ、あ、アアッ!!」
 クレアは言いなりになって身を収縮させた。引きずられるようにフレデリックの楔も脈を打つ。
 絶頂の余韻にひたるクレアに、はあはあと息を荒くした彼の身体がずしりと重なる。そのままふたりはテラスの床に座り込んだ。
「クレア、すまなかった……。毎日毎日、姪のところへ行ってしまうきみの気を引きたくて、その……。ああ、赤くなっているな。本当にすまない」
 ようやく手首の紐がほどかれた。彼は謝っているけれど、クレアはやっと許されたような心境だった。
 クレアが両手を前に持ってくると、フレデリックは彼女の身体をうしろから抱きすくめ、紐の形が残る赤い手首に、身を乗り出して口付けた。愛おしそうにちゅ、ちゅっと何度か口付けたあとで言う。
「でも、きみも興奮しただろ?」
「そっ……。もう、知らない」
 クレアはうしろを振り返るのをやめ、ぷいっと顔を前へ向けた。
(それにしても、気を引きたいってだけでこんなことするなんて……。フレデリックったら)
 秘かに長く息を吐く。柵ごしに見える裏庭の木々が、ざわざわと揺れた。

***

 赤ん坊の顔を一番に見ることができないとなればフレデリックはまた嫉妬するだろう。
 またあのような仕打ちをされてはたまらないな、と考えながらまぶたを閉じる。陣痛がいっそう強くなる。
「はっ、う、ぅぅ……」
「お姉ちゃん? あ、いけない! もう子宮口がひらいてる。待ってて、すぐに助産師を呼んでくるから」
 隣室に控えている助産師を呼びに行くべくアビーが立ち上がった。あわてたようすでドアノブに手をかける。しかし扉は彼女がノブをまわす前にひらいた。
「クレア!」
 閉じていたまぶたを開けた。痛みで視点が定まらない。けれどたしかに夫の声がした。
「フレデリック様、よかった。もうじき産まれますからここにいてください。私は助産師を呼んできます」
「あ、ああ」
 気圧されたようすでフレデリックは答え、ベッドに駆け寄った。近くで見ると彼はひどく汗をかいていた。
「早く、着替えないと……。風邪を引くわ、フレデリック」
「そんなこと言っている場合か」
 上着を脱ぎ、片手で強引にクラヴァットをほどいてベッド端に放ったあと、フレデリックはクレアの手をぎゅうっとつかんだ。痛いくらいだ。
「……大丈夫なの? 外国に行っていたんでしょう」
「なにも問題ない。だからきみは無事に子を産むことだけ考えるんだ」
 クレアは眉尻を下げてほほえむ。そして静かに「ありがとう」とつぶやいた。

 その後、助産師とともに戻ってきたアビーにも見守られながら、クレアは痛みに悲鳴を上げることなく子を産んだ。大声で叫んでいてはフレデリックに心配をかけると、そう思って我慢した。多少は、声を漏らしてしまったが。
「――よし。たくさん飲んだみたい。一安心ね」
 ベッドのうえで上半身だけを起こした状態のクレアが赤ん坊に乳を授け終わると、フレデリックがすかさず彼女の乳首に吸い付いた。
「あっ! やだ、なにするの」
 彼がそれをすると、いっきに情欲の色香が漂う。赤ん坊との違いは歴然だ。フレデリックはちゅうっと強く乳首を吸い上げたあとで満足気にほほえんだ。
「ん、うまいな。まあ、そう咎めるなよ。一番はフィースに譲ってやったんだから」
「え? いまなんて?」
「だから、本来なら俺が一番にきみの母乳を口にしたいところだが」
「ち、違うわ! いま、この子のことをなんて呼んだの」
「フィースだ。男ならそうと決めていた」
 誇らしげに言い放った夫――いや、新米父親を尻目に赤ん坊を抱きなおし、クレアはふうっとため息をつく。
「もう……。私にも、考えていた名前があったのに。そんなふうに先に呼んじゃうなんて、卑怯よ。でも――」
 いい名前ね、と付け加えながらクレアは白い歯を見せて笑う。フレデリックも同じ顔だ。
 ふたりは赤ん坊をはさんで、楽しそうにいつまでも笑いあった。

FIN.

お読みいただきありがとうございました!

前 へ    目 次    次 へ


Sponsored link by Renta!