イザベラは浮かない顔で祈りの間へと向かう。こういうときは神頼みだ。彼に相談すれば少なくとも気は晴れる。
「こんにちは、アドニス様」
『やっほー、イザベラ! いらっしゃい』
神はいつも快く迎え入れてくれる。そのことに少なからず救われる。
イザベラはオズウェルとのことを包み隠さずすべて吐露した。するとアドニスはあごに手を当てて思案顔になった。
『ははぁん……。潔癖なオズウェルの言い出しそうなことだな』
アドニスは左の手のひらに右のこぶしをポンッと押し当てる。
『よし。じゃあきみたちに血のつながりがないように世界を作り変えてあげる』
「で、できるんですか? そんなこと」
『できるよ。だって僕、神様だもん。でもそうなると、きみはカトラーではなくなるけど平気? オズウェルは兄ではなく赤の他人。ラティーシャもそうだ』
――やはり相談してみるものだ。
本当にそんなことが可能なのか、疑う気持ちが少しもないわけではないけれど、事態が好転するのならばもう何でもいい。
「ふたりの存在が消えてしまうわけでは、ないんですよね?」
『うん、もちろん』
「……では、お願いします。アドニス様」
『あいあいあさぁ! もうすぐ空から大きなものが落ちてくる。そのあとは、きみの望む世界になっているはずだよ』
「大きなものが落ちてくる……というのは、どういうことですか?」
『なにも心配しなくていいよ。空から落ちてくるものは僕が何とかするから――』
アドニスが予言した『空から落ちてくるもの』というのは巨大な石のことだった。祈りの間が壊滅し、神が消えたと聞いたイザベラは血相を変えて神殿の奥へ急いだ。
しかしその途中で、視界のなにもかもがゆがんだ。それは一瞬だった。しかしその一瞬で、なにかが変わった。なにが変わったのか、自分でもわからない。
「私の名前は……イザベラ・マクミラン」
記憶が、なだれ込んでくる。これまでの人生が、頭の中を駆け巡る。なぜいまこんなことになっているのだろう。
「――イザベラさま? どうなさいました?」
廊下で立ち尽くしていたイザベラに声を掛けてきたのは最近、巫女に昇格したラティーシャだ。彼女のことは妹のようにかわいがっている。
「ああ、ラティーシャ……。ううん、何でもないわ」
「そうですか?」
ラティーシャは首を傾げて言葉を継ぐ。
「神殿長がお呼びでしたよ」
「え、ええ……」
――神殿長。
どくっ、と心臓が跳ねる。
(ああ、お会いするのはいつも緊張する)
神殿長であるオズウェル・カトラーに会うときはいつも心臓が壊れるのではないかと思うくらい緊張してしまう。
神殿長室に着いたイザベラはわずかに震える手で扉をノックした。「失礼します、イザベラです」と口にしながら扉を開ける。
(ああ、どうして? 今日はやけに胸が高鳴る)
オズウェルは窓際に立っていた。イザベラが部屋に入るなり、慌てたようすで出入り口のほうを振り返る。
ふたりは言葉もなく、互いの頬を赤く染めた。
FIN.
お読みいただきありがとうございました!
熊野まゆ
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「こんにちは、アドニス様」
『やっほー、イザベラ! いらっしゃい』
神はいつも快く迎え入れてくれる。そのことに少なからず救われる。
イザベラはオズウェルとのことを包み隠さずすべて吐露した。するとアドニスはあごに手を当てて思案顔になった。
『ははぁん……。潔癖なオズウェルの言い出しそうなことだな』
アドニスは左の手のひらに右のこぶしをポンッと押し当てる。
『よし。じゃあきみたちに血のつながりがないように世界を作り変えてあげる』
「で、できるんですか? そんなこと」
『できるよ。だって僕、神様だもん。でもそうなると、きみはカトラーではなくなるけど平気? オズウェルは兄ではなく赤の他人。ラティーシャもそうだ』
――やはり相談してみるものだ。
本当にそんなことが可能なのか、疑う気持ちが少しもないわけではないけれど、事態が好転するのならばもう何でもいい。
「ふたりの存在が消えてしまうわけでは、ないんですよね?」
『うん、もちろん』
「……では、お願いします。アドニス様」
『あいあいあさぁ! もうすぐ空から大きなものが落ちてくる。そのあとは、きみの望む世界になっているはずだよ』
「大きなものが落ちてくる……というのは、どういうことですか?」
『なにも心配しなくていいよ。空から落ちてくるものは僕が何とかするから――』
アドニスが予言した『空から落ちてくるもの』というのは巨大な石のことだった。祈りの間が壊滅し、神が消えたと聞いたイザベラは血相を変えて神殿の奥へ急いだ。
しかしその途中で、視界のなにもかもがゆがんだ。それは一瞬だった。しかしその一瞬で、なにかが変わった。なにが変わったのか、自分でもわからない。
「私の名前は……イザベラ・マクミラン」
記憶が、なだれ込んでくる。これまでの人生が、頭の中を駆け巡る。なぜいまこんなことになっているのだろう。
「――イザベラさま? どうなさいました?」
廊下で立ち尽くしていたイザベラに声を掛けてきたのは最近、巫女に昇格したラティーシャだ。彼女のことは妹のようにかわいがっている。
「ああ、ラティーシャ……。ううん、何でもないわ」
「そうですか?」
ラティーシャは首を傾げて言葉を継ぐ。
「神殿長がお呼びでしたよ」
「え、ええ……」
――神殿長。
どくっ、と心臓が跳ねる。
(ああ、お会いするのはいつも緊張する)
神殿長であるオズウェル・カトラーに会うときはいつも心臓が壊れるのではないかと思うくらい緊張してしまう。
神殿長室に着いたイザベラはわずかに震える手で扉をノックした。「失礼します、イザベラです」と口にしながら扉を開ける。
(ああ、どうして? 今日はやけに胸が高鳴る)
オズウェルは窓際に立っていた。イザベラが部屋に入るなり、慌てたようすで出入り口のほうを振り返る。
ふたりは言葉もなく、互いの頬を赤く染めた。
FIN.
お読みいただきありがとうございました!
熊野まゆ