専業主婦になって一年、彩奈は暇を持て余していた。午前中はまだいい。掃除などの家事をしていればすぐに時間が経つ。けれど午後は暇だ。友達とランチをするのも、財布事情を考えれば毎日というわけにはいかない。
(何かお小遣い稼ぎになるコトないかな)
アンケートサイトには一通り登録してみた。小遣い稼ぎのポイントサイトにも、だ。だけど大して儲からないのが現状。それでも暇つぶしにはなるから良いかと思っていたところに、妙なメールが届いた。
『おめでとうございます。あなたは最新式マッサージチェアのモニターに選ばれました』
明らかに怪しいメールだった。何せマッサージチェアのモニターをするだけで数万円がもらえると書いてある。
(なにこれ……こんな上手い話、あるわけないじゃない)
即刻ゴミ箱へ……のはずが、やはり少し気になる。彩奈は半信半疑で、記してあった番号に電話を掛けた。
『ーーお電話ありがとうございます、クマーノモニタリング株式会社でございます』
電話口からは品の良さそうな女性の声がした。
(割とマトモな会社なのかな……?)
少しだけ安心して、用件を述べる。
「えっと……マッサージチェアのモニターに選ばれたっていうメールをもらったんですけど」
しばらくそうしてやりとりをする。どうやら先方に赴いてモニターをしなければいけないらしい。
(そりゃそうよね、マッサージチェアって言ったら大きくて重たいだろうし……わざわざこの狭い家に持って来られても、ね)
彩奈はすっかりその会社を信用し、支度を整えて意気揚々と家を出た。
高層ビル街から外れた路地裏に、その会社はあった。他のビルに比べると小さいけど、まだ新しいのか外壁は真っ白で清潔感がある。
こんな面構えも、訪れる人々を信用させる手立ての一つだったのかもしれない。
玄関の自動ドアをくぐり、中へと入る。掃除が行き届いたエントランスホールは清々しい。受付の女性に話し掛けると、担当だと言う男性が奥の部屋からやって来た。
「マッサージチェアの展示室は三階になっております。どうぞこちらへ」
彩奈と同じか、あるいは少し年下と思われる若い男性と共にエレベーターへ乗り込む。
「あの……五万円って、本当ですか」
不躾だとは思ったけど、高額報酬なのがやはり気になって彩奈は男性に尋ねた。密室に二人きりという気まずさを紛らわすためでもある。
「はい、確かにお支払い致します。ただし、モニターをしていただいた後になりますが宜しいですか?」
男性は穏やかに微笑む。柔らかい笑顔は嘘なんかついていないように見えた。
「分かりました。すみません、早々にこんなこと聞いちゃって」
「いえいえ、こちらこそご説明が不十分で、申し訳ございません」
そんな会話をしているうちに目的の階へ着いた彩奈たちは、エレベーターを降りて歩き出す。彩奈は男性の少し後ろをついて行った。
『ああ、あん……っ、やぁぁんッ!』
聞こえてきた嬌声に彩奈はギクリと足を止めた。
「こちらがマッサージチェアの展示室です。さあ、中へどうぞ」
男性にもさっきの嬌声は聞こえているはずだ。なのに彼は全く動じていない。それどころか、その嬌声が聞こえてきた部屋に彩奈をいざなっている。
(何かの、聞き間違い……?)
しかしやはりそうではなかった。男性が部屋のドアを開けると、さっきよりも鮮明に喘ぎ声が響く。
「あのっ、中でいったい何をしてるんですか?」
「もちろん、マッサージチェアのモニターですよ?ええと、今は……あなたの他にはお一人だけですね」
部屋の中が少しだけ垣間見えた。マッサージチェアとおぼしきものには女性が座っている。その向かいにも別のチェアがあって、そこには座っていたのは男性だった。
「わ、私……帰ります」
ただのマッサージチェアなら報酬に釣られてモニターになっていただろう。だけど、そこに座る人たちはみな裸なのだ。五万円なのも頷ける。
(あり得ない、あり得ないっ!)
身を翻すと、ガシリと肘を掴まれて前に転びそうになった。
「お待ち下さい、みなさん初めはそうなんですよ。でも、少しで良いので体験してみて下さい。見学からでも結構ですから」
優しげな言葉とは裏腹に男性は彩奈を部屋へと引きずり込む。入口の扉には鍵を掛けられてしまった。
「ちょ、こんな……犯罪ですよ!私を監禁するつもりですか」
「まさか、そんな物騒なことは致しません。ただそこの椅子に座っていただければ良いのです」
真面目そうな黒髪の男性が悪魔のように見えた。モニターにならなければ、ここから出さないつもりなのだ。
(こうなったら、警察に電話して……っ)
ハンドバッグから携帯電話を取り出そうとしていると、彩奈の行動を見越したように男性が口を開く。
「ああ、この建物の外壁は遮蔽性に優れておりますので携帯電話はお使いになれないと思いますよ」
彼の言う通り頼みの綱は見事に切れていた。圏外になっている。彩奈は歯を食いしばって彼を睨み上げた。
「そんな怖い顔をなさらないで。ほら、見て下さいよ。気持ち良さそうにしてるでしょう?」
「やっ、触らないで……!」
後ろに回り込んで来た男性に両肩を掴まれる。顔まで掴まれて上を向かされ、否が応でもマッサージチェアが視界に入る。
「ああん、あ……っ、いい、いいわぁ……っ!」
黒いマッサージチェアには女性の白い肌が際立って見えた。長い茶髪を振り乱して、女性は気持ち良さそうに顔を歪ませている。
(何かお小遣い稼ぎになるコトないかな)
アンケートサイトには一通り登録してみた。小遣い稼ぎのポイントサイトにも、だ。だけど大して儲からないのが現状。それでも暇つぶしにはなるから良いかと思っていたところに、妙なメールが届いた。
『おめでとうございます。あなたは最新式マッサージチェアのモニターに選ばれました』
明らかに怪しいメールだった。何せマッサージチェアのモニターをするだけで数万円がもらえると書いてある。
(なにこれ……こんな上手い話、あるわけないじゃない)
即刻ゴミ箱へ……のはずが、やはり少し気になる。彩奈は半信半疑で、記してあった番号に電話を掛けた。
『ーーお電話ありがとうございます、クマーノモニタリング株式会社でございます』
電話口からは品の良さそうな女性の声がした。
(割とマトモな会社なのかな……?)
少しだけ安心して、用件を述べる。
「えっと……マッサージチェアのモニターに選ばれたっていうメールをもらったんですけど」
しばらくそうしてやりとりをする。どうやら先方に赴いてモニターをしなければいけないらしい。
(そりゃそうよね、マッサージチェアって言ったら大きくて重たいだろうし……わざわざこの狭い家に持って来られても、ね)
彩奈はすっかりその会社を信用し、支度を整えて意気揚々と家を出た。
高層ビル街から外れた路地裏に、その会社はあった。他のビルに比べると小さいけど、まだ新しいのか外壁は真っ白で清潔感がある。
こんな面構えも、訪れる人々を信用させる手立ての一つだったのかもしれない。
玄関の自動ドアをくぐり、中へと入る。掃除が行き届いたエントランスホールは清々しい。受付の女性に話し掛けると、担当だと言う男性が奥の部屋からやって来た。
「マッサージチェアの展示室は三階になっております。どうぞこちらへ」
彩奈と同じか、あるいは少し年下と思われる若い男性と共にエレベーターへ乗り込む。
「あの……五万円って、本当ですか」
不躾だとは思ったけど、高額報酬なのがやはり気になって彩奈は男性に尋ねた。密室に二人きりという気まずさを紛らわすためでもある。
「はい、確かにお支払い致します。ただし、モニターをしていただいた後になりますが宜しいですか?」
男性は穏やかに微笑む。柔らかい笑顔は嘘なんかついていないように見えた。
「分かりました。すみません、早々にこんなこと聞いちゃって」
「いえいえ、こちらこそご説明が不十分で、申し訳ございません」
そんな会話をしているうちに目的の階へ着いた彩奈たちは、エレベーターを降りて歩き出す。彩奈は男性の少し後ろをついて行った。
『ああ、あん……っ、やぁぁんッ!』
聞こえてきた嬌声に彩奈はギクリと足を止めた。
「こちらがマッサージチェアの展示室です。さあ、中へどうぞ」
男性にもさっきの嬌声は聞こえているはずだ。なのに彼は全く動じていない。それどころか、その嬌声が聞こえてきた部屋に彩奈をいざなっている。
(何かの、聞き間違い……?)
しかしやはりそうではなかった。男性が部屋のドアを開けると、さっきよりも鮮明に喘ぎ声が響く。
「あのっ、中でいったい何をしてるんですか?」
「もちろん、マッサージチェアのモニターですよ?ええと、今は……あなたの他にはお一人だけですね」
部屋の中が少しだけ垣間見えた。マッサージチェアとおぼしきものには女性が座っている。その向かいにも別のチェアがあって、そこには座っていたのは男性だった。
「わ、私……帰ります」
ただのマッサージチェアなら報酬に釣られてモニターになっていただろう。だけど、そこに座る人たちはみな裸なのだ。五万円なのも頷ける。
(あり得ない、あり得ないっ!)
身を翻すと、ガシリと肘を掴まれて前に転びそうになった。
「お待ち下さい、みなさん初めはそうなんですよ。でも、少しで良いので体験してみて下さい。見学からでも結構ですから」
優しげな言葉とは裏腹に男性は彩奈を部屋へと引きずり込む。入口の扉には鍵を掛けられてしまった。
「ちょ、こんな……犯罪ですよ!私を監禁するつもりですか」
「まさか、そんな物騒なことは致しません。ただそこの椅子に座っていただければ良いのです」
真面目そうな黒髪の男性が悪魔のように見えた。モニターにならなければ、ここから出さないつもりなのだ。
(こうなったら、警察に電話して……っ)
ハンドバッグから携帯電話を取り出そうとしていると、彩奈の行動を見越したように男性が口を開く。
「ああ、この建物の外壁は遮蔽性に優れておりますので携帯電話はお使いになれないと思いますよ」
彼の言う通り頼みの綱は見事に切れていた。圏外になっている。彩奈は歯を食いしばって彼を睨み上げた。
「そんな怖い顔をなさらないで。ほら、見て下さいよ。気持ち良さそうにしてるでしょう?」
「やっ、触らないで……!」
後ろに回り込んで来た男性に両肩を掴まれる。顔まで掴まれて上を向かされ、否が応でもマッサージチェアが視界に入る。
「ああん、あ……っ、いい、いいわぁ……っ!」
黒いマッサージチェアには女性の白い肌が際立って見えた。長い茶髪を振り乱して、女性は気持ち良さそうに顔を歪ませている。