たなぼた王子の恋わずらい 《 01

 ひとは俺をこう呼ぶ。
 ――たなぼた王子、と。

 アーウェル・クレド・ルアンブルはにわかに苛立っていた。
 それもこれもすべて兄のせいだ。第一王子たる責務をすべて放棄して――

(いや……俺に押し付けて、と言うほうが正しいか)

 とにかく、兄のオーガスタスはルアンブル国を捨てて出奔してしまった。いまは隣国にいる。なぜか森の奥深くに住み、医者をしている。
 そういうわけでアーウェルは国王の二番目の息子にもかかわらず王子としての国務をすべて背負うことになってしまった。とはいえ、もともと放浪癖のある兄の代わりに国務をこなすことが多かったから、日常生活にはこれといって変化がないというのが実情だ。
 アーウェルは執務机に頬杖をつき「ふうっ」とため息をついた。その手には真っ白な封筒が握られている。差出人は彼の兄、オーガスタス・マイアーだ。国を出奔したオーガスタスは隣国の王家筋であるマイアー公爵家の令嬢と結婚した。

(結婚式、か……。このクソ忙しいときにこんなものを寄越すなんて、相変わらずだ)

 アーウェルは心のなかでだけ悪態をつき、手紙を机の上に置いた。それは兄からの招待状だった。言わずもがな、彼らの結婚式への招待状である。
 国を捨てた兄から結婚式の招待状がくるとはじつのところ思っていなかった。事実、ほかの親類に招待状は届いていない。おそらくごく身近な人間だけを集めてこぢんまりと執り行うつもりなのだろう。

(……まあ、仕方がない。行ってやるか)

 兄のゲストが誰もいないのはさすがに不憫だ。
 アーウェルは姿勢を正して執務を再開する。結婚式までに雑多な執務は片付けておきたい。
 仕事に励む彼の顔がわずかにほころんでいることは、だれも知らない。


 結婚式場まではずいぶんと遠かった。
 山を越え、川を渡り、森を抜けてようやく式場――兄たちが住む屋敷に着いた。国を発ってから二日目の朝だった。

(前に来た時となにも変わってないな)

 兄がまだ第一王子だったころ、あまりにも長く彼が城を留守にするものだから、安否を心配して必死に捜した。するとまあ、なんのことはない。森の奥深くで女性をたらしこんでいただけだった。あのときの脱力感といったらほかにない。思い出すだけで腹が立つ。

(まあ、それも過ぎたこと。いまは幸せそうでなによりだ)

 湯面に浮かぶ葉を見つめアーウェルは大きく深呼吸をした。
 結婚式は正午からだ。それまではゆっくりと旅の疲れを癒すといい、と兄に言われ、いまは屋敷の裏に設えてある屋外の湯場にいる。
 なかなかよいところだ。湯温は熱いくらいだが、長旅で凝り固まった体にはちょうどいい。

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