たなぼた王子の恋わずらい 《 02

 アーウェルは何度も深呼吸をして森の空気を満喫した。立ち込める湯気は喉に優しく、どれだけそうしていてもむせ返ったりはしない。

(……そろそろ出るか)

 こんなふうに湯に浸かっていることはあまりないのでつい長居してしまったが、体は充分すぎるほど温まったし疲れもとれた。
 アーウェルが立ち上がる。ザプッと湯が跳ねた、そのとき。

『リルお姉さま、裏庭を見せてちょうだい!』

 小鳥が鳴くような美声が扉の向こうから聞こえた。

『あっ、だめよ! いまは――』

 そう、いまは義弟が裸で湯に浸かっている。兄の妻はそう言おうとしたのだと思う。
 階段の先にある扉がガチャッと勢いよくひらいた。

「きゃっ!?」

 アーウェルはまだバスタオルすら身につけていなかった。要するに素っ裸だ。

「――!?」

 アーウェルは目を見張る。いきなり人が入って来たからというだけではない。闖入者の、その容貌は天使と見まごうほど可憐で美しかった。
 蒼い髪の毛が風になびき、そしてそれがふわふわと落ちてくる。少女は階段を踏み外した。

「……――!」

 自分が裸であるのも忘れてとっさに抱きとめる。彼女の体は柔らかく、香水とはまた違うほのかな匂いがいっそう魅惑的だった。
 どれだけそうして彼女を腕の中に抱いていたのだろう。鮮やかな蒼い髪の少女は微動だにせずうつむいている。

「ご、ごめんなさい……っ」

 そう言いながらおずおずと顔を上げた少女に、思わず唇を寄せてしまいそうになった。
 潤んだ淡褐色の瞳には庇護欲をくすぐられる。白い肌には無意識に触れたくなる。みずみずしい桃色の唇を、むさぼり尽くしたくなった。

「……あの?」

 ああ、小鳥が美しく鳴いている。もっと彼女の声が聞きたくてたまらない。それから――。

「……っ、いや。俺のほうこそ、すまない」

 空色のドレスの下がどんなふうになっているのか妄想して不埒な感情をいだいてしまったことを詫びると、少女は何のことかわからないといったふうに小首を傾げた。

(な、なんて――)

 可愛らしいのだ。できればこのままずっと腕の中に閉じ込めておきたいが、見ず知らずの少女にそんなことができるはずもない。
 アーウェルはしぶしぶ、そっと彼女を解放した。

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