ロストヴァージンまでの十日間 《 第一話 二次元な理想

10代後半の頃、20代になったら恋人ができて、エッチをするんだろうと思っていた。
20代前半の頃、30歳を前にすれば結婚してセックスするんだろうと思っていた。

20代を下り始めて4年が経ついま、過去の願望がなにひとつ叶っていないのは、なぜだろう。
容姿は普通だと思う。いや、思いたい。恋人ができないのはきっとこの性格のせいだ。そう、思いたい。いや、それはそれで問題だ。

「あの……明日の会議のことでご相談があるんですが」

土倉《つちくら》千夏《ちなつ》は無言のままパソコンに目を向けていた。

「えっと……土倉さん?」

「なに、早く続きを話しなさいよ。それから、いつも言ってるけど言いたいことは最後まできちんと言って。さっきの場合は、『ご相談があるんですがいまお時間よろしいですか』でしょう?」

「すっ、すみませ……」

「謝る言葉すら最後まで言えないのね。あなた入社してもう三ヶ月も経つんだから、しっかりして。僻地に飛ばされても知らないわよ」

最近の若者は男の方が涙もろいんじゃないかと思ってしまう。過去数年間で新入社員を泣かせたのは男女問わず5人目だ。
涙を浮かべて立ち去る新人を横目に見ながら、千夏は大仰に溜息をついた。
もう少し言葉を選べればいいのかもしれないけど、30年近くこの調子だからもはや修正は不可能だ。
自分を客観視してみたところで何の解決にもならない。この気性では男が寄りつかないのは当然なのかもしれない。

「まあーたアンタは新人泣かせてー」

ポンと頭を小突かれて、千夏は声の主を見上げた。
同期の有栖川《ありすがわ》結花《ゆか》が呆れ顔でこちらを見おろしている。

「だってしかたがないじゃない。っていうかあのくらいで泣くほうに問題があると思う」

「最近の子はあんなふうに言われるのに慣れてないのよ。それに千夏は迫力があるから」

無愛想なのは性格だから、それもしかたがない。千夏は手を止め結花のほうを向いた。

「とにかく、少しキツイこと言われたからって泣くようなヘタレ後輩は要らないの。足手まといになるだけ」

「それって僕のことですかっ!? 土倉さんっ」

向かいのデスクから身を乗り出してきたのは入社して3年も経つのに使い物にならない後輩の出沢《すざわ》武彦《たけひこ》だ。

「そうね、給料泥棒がここにもいたわ」

「ひどいっ、ひどいですよー」

出沢はヘラヘラと笑いながら泣き真似をしている。

「出沢くん、可哀想にー。お姉さんが慰めてあげる。休憩、行こっか」

結花は出沢に向かって手招きをしている。「有栖川さんっ、ありがとうございますっ」と言いながら席を立った出沢は子犬のように結花のあとを追いかけた。

(結花の趣味って理解不能だわ……何であんなのがイイんだろ)

出沢が入社して間もなくして二人はつき合い出した。結花曰く、守ってあげたくなるほどなにもできないところがいいらしい。

(私だったら、もっと頼り甲斐のあるひとがイイ。顔はもちろんよくて、年収は私よりもうえで、真面目で紳士で、それから……)

理想だけはふくらむものの、未だかつて一度も男性とつき合ったことがない千夏は漫画や小説のなかの恋愛しか知らないのであった。

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