ロストヴァージンまでの十日間 《 第二話 母の企み

土倉 千夏は休日、一歩も外に出ない。
買い物は週末に済ませておき、日がな一日ノーメイクで漫画や小説を読み漁る。そのほとんどが腐ったジャンルだ。
ベッドに寝転がり、大人買いした女性向け漫画を熱心に読んでいると、珍しく携帯電話が鳴った。今時のスマホには興味がないから、相変わらずガラケー。

「もしもしお母さん? どうしたの」

また腰でも痛めたのかと思って千夏はすぐに電話に出た。けれどそれは杞憂で、母親は元気そうな声音で言う。

「千夏いまヒマでしょう? お母さんね、今日はお友達とランチに行くのよ。でも車が故障して困ってるの。老舗料亭のご飯をご馳走してあげるから、すぐにきて」

母は自分の言いたいことだけをベラベラとしゃべって、有無を言わさず電話を切ってしまった。
いつもこんな調子だから、いまさら驚くこともなく千夏はノロノロとベッドから出た。
休みの日に外へ出るのは面倒だけれど、母の言う老舗料亭はきっと高級な店に違いない。オゴリとあらば行かないわけにはいかない。
会社へ行くよりも更に薄い化粧をして、千夏はマンションを出た。


「え……お母さん、何その格好……。気合入りすぎじゃない?」

実家に着くと、母親は黒い留袖を着て千夏を待ちかまえていた。

「あなたも着物で行くわよ。ホラこれ、用意しておいたから」

母に背を押されて座敷に入ると、成人式ぶりに見る振袖が準備してあって、千夏はますます目を丸くした。

「は!? なによこれ、ドレスコードでもあるわけ?」

「そうよ、超老舗なんだから」

元美容師の母親はどこか上の空でそう言いながら千夏の髪を瞬く間に結い上げ、薄かった化粧に艶を入れていく。

「うぐっ、苦し……っ、ちょ、締めすぎ!」

「あなた少し太ったんじゃないの。成人式の時はもっと細っそりしてたのに」

「10年前と比べないでよ……」

「あら、お母さんは10年前と変わってないでしょう?」

確かにそうだった。還暦を過ぎているというのに、母はいつも若々しく綺麗なままだ。たまに腰は痛めているけれども。

「さあできた。行くわよ、遅れちゃう」

鏡の前にいるのが自分だとは思えなかった。これで口をひらかなければ、きっとなにも問題ない。しゃべるとボロが出るのは自覚している。

「ちょっと、車は壊れてたんじゃないの」

「さっき直ったのよ。あなたは着物で運転するの慣れてないでしょ」

千夏はいぶかしみながら「ふうん」とあいづちを打って母親の車に乗り込んだ。
何だか妙だと感じながらも、この時は高級料理に釣られて深く考えていなかった。

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