夕闇の王立図書館 《 番外編 06

 親友の弟に処女を捧げてしまった日の翌朝、いつもどおりの時間に図書館へと出勤したアンジェリカは朝礼のときにジュリアの顔を直視することができなかった。それをどうやらジュリアはへんなふうに誤解したらしい。
「アンジェ、ごめんなさい! 昨日、舞踏会場に戻ってこなかったことを怒ってる……よね?」
 昼下がりの休憩室に、ジュリアの申しわけなさそうな声が響いた。どちらかというと、申しわけがないのはアンジェリカのほうだというのに。
「なにを言ってるの、怒ってないわ。それよりどうだったの、アーノルド様とは会えた?」
「うっ……うん。それが――」
 親友のジュリアはことの顛末を素直に話してくれた。
 彼女の話に聞き入っていたアンジェリカは自分のことのように嬉しくなって、立ち上がってジュリアを抱き締めた。
「ジュリア、おめでとう! 式はいつになりそうなの?」
「まっ、まだわからないよ……。いまでも、信じられなくて。私自身、気持ちの整理がついてないの」
 頬を染めて困ったようにほほえむジュリアは本当にかわいらしかった。けれどアンジェリカはその笑顔を見て少しだけ胸が痛んだ。ジュリアはなにもかも素直に話してくれたというのに、自分は彼女になにも語ることができないからだ。
「結婚式には絶対に呼んでよね、楽しみにしてるから」
「もう、気が早いってば……」
 アンジェリカはモヤモヤとした気持ちを払拭するように「そんなことないわよ!」と言って、愛しい男性と同じ髪色をした親友をふたたびきつく抱き締めた。

 ジュリアから嬉しい報告を聞いたアンジェリカは上機嫌で午後の業務をこなした。あっという間に閉館時間となり、放送室で閉館を告げる挨拶を館内に流し、部屋を出ようとしていた。扉の前にいた人物を見てアンジェリカは息をのむ。
「クリフ……どうして、こんなところにいるの。まだ仕事中でしょう?」
「姉ちゃんに聞いたら、アンジェはここだって言ってたから……。あ、いま僕は休憩中」
 うつむきかげんにそう言って、クリフはパタンと部屋の扉を閉めた。狭い放送室にふたりきりになって、アンジェリカの心臓はとたんに高鳴り始める。
「話したいことがあるんだ。いいかな」
「ごめんなさい、まだ仕事があるの」
「……嘘。姉ちゃんに聞いたよ、今日はもう帰るだけだって」
「……っ」
 歩み寄ってきた彼を避けるようにあとずさる。どんどん追い込まれて、壁に囲われてしまった。
 アンジェリカは唇を一文字に結んで、なにを考えているのかさっぱりわからない表情のクリフを見上げた。
(逃げていても、仕方がないわね。覚悟を決めなくちゃ)
 そう思って彼を見つめていると、クリフはふいっと視線を逸らした。けれど両腕は壁についたままで囲われているから、彼から離れることはできない。
「僕、ちゃんと謝りたくて……昨夜のことを」
 律儀に謝って欲しくなんかない。昨夜のことは気にしてないわ、とでも言えばよかったのだけれど、なぜかその言葉は出てこなかった。
「歓楽街に行ってたこと、アンジェには知られたくなかったんだ。だからつい、かっとなって王城の庭であんなことを……。本当に、ごめん」
 アンジェリカは目を丸くした。パクパクと口を魚のように動かす。それから、コホンと一回だけ咳払いをした。
「謝りたいって、そのことなの?」
「うん。……アンジェの家でのことは、謝らないよ」
 頬をすべっていくクリフの手はつめたかった。指でそっと唇をたどられ、口付けを予感するのと同時に期待どおりのことをされた。アンジェリカは目を閉じる。
「ん……っ」
 まるで遊んでいるかのように軽やかにちゅ、ちゅっと唇を食まれている。翻弄されている。「あ、の……クリフは、私のことをどう思ってるの」
 唇を合わせるのをやめ、意を決して彼を見上げる。欲しい言葉を言ってくれるかどうかはわからない。それでも、たしかめずにはいられない。
「……好きだよ。もしかして、全然伝わってなかった?」
 アンジェリカはこくこくとうなずいた。昨夜までそんな素振りはまったくなかったから、そう簡単には信じられない。
「……どうして、夜遊びなんかしてたの」
 ぽつりと尋ねると、クリフは眉尻を下げた。
「アンジェを満足させたくて。言いかたは悪いけど、ほかのひとで練習してた」
 頬を赤らめて視線をはずす彼は、すねた子どものように見える。彼につられてアンジェリカの頬も朱に染まる。
 閉館後の放送室はシンと静まり返っていた。誰もアンジェリカを呼びにこないのは、もしかしたらクリフがなにか根まわしをしたのかもしれない。
「歓楽街に行ってたことは、後悔してる。けっきょく全然勃たなくて……。相手の女のひとをアンジェだと思って、してたんだ」
 クリフは心なしか涙目になっているようだった。そういえば昔から、喧嘩して仲直りをするとき彼はいつもこんな表情をしていた。
「……馬鹿。クリフの馬鹿っ! 私は、いつでもよかったのに」
「……本当に? それ、僕のいいように解釈するよ」
「うん……ずっと、好きだった。クリフのこと」
 彼の顔が耳まで真っ赤に染まる。アンジェリカも全身が熱くなった。
 ついに、言ってしまった――長年の想いを。けれど言葉にしてみるとあまりに短く、あっけない。伝えたい想いはもっとあるはずなのに、うまく表現することができなかった。
 好きだというこの気持ちをきちんと伝えたくて言葉を探していると、クリフがおもむろに身体を寄せてきた。
「アンジェの司書服、かわいい。すごく似合ってる。でも、このドロワーズはダメだよ。高いところに登ったらアンジェの恥ずかしいところが丸見えだ」
「そういうときは作業用の服を着るから……。ちょっ、ダメよ、こんなところで」
 胸もとのリボンをするするとほどきながら、クリフはアンジェリカの耳もとに顔を近づける。
「さっき、いつでもいいって言った」
「それは、こういう意味じゃな……っぃ!」
 吐息まじりの声音が花芯を甘く刺激する。ダメだと言ってはみたものの、抵抗はしなかった。アンジェリカはブラウスのボタンがはずされていくのをただ見過ごした。
「ねえアンジェ、意地悪な客が高いところの本を取ってくれって言ったらどうするの。まさかそれで濡らしたりしないよね」
 スカートをまくり上げられると、すぐに秘めた茂みがあらわになった。茂みの奥をクチュッと鋭く指で突つかれ、アンジェリカは息を漏らす。
「こうなっちゃうのは、クリフにだけだよ……。んっ、だめ……コルセット、はずさないで……。誰か、きたりしたら……っふぁ!」
「こないよ、誰も。きても知ったことじゃない。ずっとアンジェにさわりたくて我慢してきたから、やめられない。アンジェの身体、柔らかくて温かくて……大好きだ」
 司書服のブラウスの前ボタンをひらいてコルセットと肌着を下方にずらし、さらけ出た乳房を両手でつかんで、クリフはすぐに唇を寄せて乳頭を口に含んだ。
「あ……っ、ふぅっ、んん……!」
 吸い上げられると、ここが職場だということも忘れてアンジェリカは高らかに喘いだ。
「アンジェのココ、もうこんなに潤ってる……。すぐにでもできそうなくらい」
「っふ、く……っは、ぅぅっ!」
 膣口からあふれた蜜を指でかき出され、それを花芽に塗りつけられる。四肢が痺れて、立っていられなくなってしまう。
「ねえ、挿れてもいい? これだけ濡れていればきっと痛くないよ」
「……っ、ここで……?」
 ためらいは一瞬だった。クリフは有無を言わさずアンジェリカの身体を反対に向けて、腰を引いた。
 壁に手をついて振り返ると、彼は騎士団の制服のトラウザーズをおろしているところだった。
「ク、クリフ……っ!? あの、ちょっと……ン、アアッ……!」
 ぐちゅ、ぐちゅちゅっと大きな水音がして、膣肉をかきわけて雄棒が突き進んでくる。
 同時に上半身のつぼみと下半身の花芽を指で潰すようにつままれ、どこに意識を集中したらよいのかわからなくなった。
「アンジェ、かわいい僕のアンジェ……。もっと声を聞かせて」
「んっ、ああ……っ、はぅ、ふぁぁっ!」
 激しくなっていく律動に合わせてクリフは何度も愛の言葉をささやいた。それを聞くと身体だけではなく心も満たされる。
「クリフ……っん、ああっ……。私も、愛してる……っん、アッ……!」
 身をよじって彼の顔を見上げる。すぐに唇を覆われた。
 絡んできた舌をしっかりと受け止める。せり上がってくるこのうえない快感に、アンジェリカは全身を震わせた。

FIN.

最後までお読みいただきありがとうございました。
熊野まゆ

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