診察台でとろける身体 《 番外編 医者の不養生(1)

上司で幼なじみで医者の晴翔とは長い付き合いだから、顔を見れば大体のことはわかる。たとえ長い付き合いじゃなくたって、いつにも増してぼうっとした様子で目の前にいる彼の体調がよくないことは一目瞭然だった。

「大丈夫だって……。映画、行こうよ。杏ちゃん、楽しみにしてたでしょ」

今日が休診日でよかった。こんなフラフラした状態では診察どころではない。赤く染まった頬は明らかに体調不良をあらわしている。

「ダメ! 今日は大人しく寝てて。晴くん、熱あるでしょ」

映画を見に行くべく杏樹の実家を訪れていた晴翔を、杏樹は自身の寝室へと強引に押し込めた。無理やり私室に連れ込んでいるように見えたのか、

「あら杏樹ったら、客間にお通しすればいいのに」

廊下を通りかかった母親がわざとらしく言った。出かけると告げていたのに家のなかにいるものだから、気になってようすを見にきたのだろう。

「晴くんは具合が悪いの。私の部屋で寝てもらうから、静かにしててね」

「まあ大変」と声を上げて母親は台所のほうへ向かった。氷枕でも取りに行ったのだと思われる。そのへんは、お節介な――もとい、気が利く母親に任せることにして杏樹は自室に入った。

「ちょ……っ、晴くん! なにしてるのっ」

先に部屋に入っていた晴翔はベッドではなくソファに座っていて、どこから見つけ出したのか古いアルバムを手に持っていた。

「懐かしいなぁ……。このときの杏ちゃん、天使みたいだったな。あ、もちろんいまもだよ。なんたって白衣の天使だもんね」

ほほえみながら小首を傾げる晴翔。そんなにストレートに言われるとたまらなく恥ずかしい。杏樹はアルバムをぶん取って腕のなかに収めた。

「勝手に部屋のなかを漁らないでって、いつも言ってるでしょ」

「えー……。ねえ、そのアルバム返して。杏ちゃんの子どものころの写真が見たい」

ジリジリと近づいてくる晴翔からのがれるように杏樹は部屋の隅へあとずさった。トン、と壁に背中が当たる。

「いまさら見なくても、子どものころの私を知ってるじゃない」

「いまのきみを知ってる状態で見たいんだよ。成長の具合がわかるってもんだろ。特にココの」

「……っ!」

アルバムをつかむついでにカットソーのうえからふくらみを撫でられ、腕の力がゆるんだ隙にアルバムを取り上げられてしまった。けれどどもうそちらには興味がなくなったのか、

「成長して大きくふくらんだ杏樹のおっぱいを見たくなってきちゃったな」

晴翔はアルバムを机のうえに置いて、空いた両手を壁について杏樹を囲った。

「病人は寝てなきゃダメでしょ……。晴くん、いつも子どもたちに言ってるじゃない。あったかくして寝ててねって」

心臓はトクントクンと高鳴っていた。自分の部屋に彼を入れるのは珍しいことじゃないけれど、普段はお互いに本を読んだりテレビを見たりして過ごしていた。
恋人同士ではなかったのだから当たり前だが、だからこそ恋人なら当たり前の行為をほのめかされると、年甲斐もなくどうしていいのかわからなくなる。

「じゃあ一緒に寝よう。杏樹が俺を温めて。そのなめらかな素肌を全部を使って」

スイッチが入ったように晴翔は杏樹に迫る。こういう時の彼は異様に積極的だから、戸惑う。

「ん……」

合わさった唇は焼けた鉄のように熱い。うごめく舌はもっとだ。

(こんなことしてる場合じゃない……。早く晴くんを寝かしつけなきゃ)

きちんと静養しなければ治るものも治らない。けれど灼熱の舌は杏樹の身体を淫らに疼かせる。水音がするほどに激しくなってきたところで、扉を叩く音が部屋に響いた。

「杏樹? 氷枕と、それからお水を持ってきたわよ」

コンコンッと素早いノック音のあとすぐに扉がひらく。完全にひらき切る前に、晴翔は口角を上げて唇を離した。

「あら……杏樹も熱があるんじゃないの。真っ赤よ」

「あれ、本当だねえ。一緒に寝ようよ、杏ちゃん」

杏樹は母親が持ってきた氷枕を受け取って首すじに当て、すっとぼけたことを言っているふたりをジロリと一瞥した。

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