これは絶対に悪徳商法だ。そもそも店舗ではなく路上販売の時点で怪しさ満点だ。
しかし手ごろな値段だったせいで、うっかり購入してしまった。
購入してしまった本のタイトルは――「王子様の召喚方法」
***
「そこの綺麗なお姉さん。王子様が欲しくはありませんか?」
『綺麗なお姉さん』プラス『王子様』だなんて、なんと魅惑的な響きなんだろう。
単純な思考の中ノ瀬 美菜は思わずグルッと首をひねって声がしたほうを振り返った。
そこにはペルシャ絨毯とおぼしき布の上にあぐらをかいて座っている黒いフードの男。
ペルシャに行ったこともなければその国で作られた絨毯を見たこともないのでいまの説明は完全にテレビ由来の知識である。
とにかく、その赤い絨毯のうえに座っている男の顔はよく見えない。かぶっているフードはパーカーのフードではなく、マントに帽子がついているといえば言いのだろうか。
某有名ファンタジー魔法学校映画の「名前を言ってはいけないXXX」がかぶっていそうなシロモノだ。
いやいや、怪しすぎでしょ。
フード男の前には古めかしい本が雑多に並べてある。
いわゆる路上販売というやつだ。営業許可はもちろん取っていなさそう。
かかわってはダメだ。とんでもないものを売りつけられるに決まっている。
美菜は顔をふたたび前へ戻して歩き始める。
「いまならたったの千円で王子様を呼べちゃうよ」
王子様の叩き売りか! とツッコミを入れたくなって足を止める。
「……どういうことですか?」
ああ、とうとう口をひらいてしまった。
こういう場合、会話を始めてしまったらマズイ。絶対に不利な流れに持っていかれてしまう。
流されやすいという自覚があるにもかかわらず美菜はフード男の目の前に立った。
ここのところ残業続きで、今日はめずらしく日が暮れる前に帰ることができているのにこんなことをしている場合ではない。
そうは思えど、文句をつけるべく怪しげな男を見おろす。
「いいかげんなこと言わないでくださいよ。王子様を呼べるって、そんな」
そもそもいったいどこのどんな王子様を呼ぶというのだ。
追求すると、男は顔を上げずに話し始める。
「ここではない世界の王子様を召喚できます。この本を使えば、イッパツで」
「はは、ばかばかしい」
「ばかばかしいかどうかは、試してみればわかります。さあ、いまならなんと500円!」
「さっきよりも安くなってるよ!?」
「もってけドロボウ、100円でもオーケー!」
「……ホントに?」
男はウンウンと縦に何度も頭を振っている。
いやいや、まさか。この世の中、そう簡単に王子様を召喚できてたまるものか。
25歳のいい大人なら普通は信じないところなのだが、このときの美菜はどうしてか財布を取り出し500円玉を男に向けていた。
「あ、おつりください。100円なんでしょ」
「はいはい。きみ、がめついね」
「じゃ、買わない」
差し出した手を引っ込めると、男は慌てたようすで言い繕う。
「ごめん、ごめん。はい、おつりの400円」
100円玉4枚を財布のなかに入れ、それから古びた赤い装丁の本も手中におさめた。
本当に王子様を召喚などできるわけがないとわかっている。
ただ、もしかしたら面白い本かもしれない。100円で暇つぶしができるのなら安いものだ。
美菜は家路を急ぎながら、古書をめくった。
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しかし手ごろな値段だったせいで、うっかり購入してしまった。
購入してしまった本のタイトルは――「王子様の召喚方法」
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「そこの綺麗なお姉さん。王子様が欲しくはありませんか?」
『綺麗なお姉さん』プラス『王子様』だなんて、なんと魅惑的な響きなんだろう。
単純な思考の中ノ瀬 美菜は思わずグルッと首をひねって声がしたほうを振り返った。
そこにはペルシャ絨毯とおぼしき布の上にあぐらをかいて座っている黒いフードの男。
ペルシャに行ったこともなければその国で作られた絨毯を見たこともないのでいまの説明は完全にテレビ由来の知識である。
とにかく、その赤い絨毯のうえに座っている男の顔はよく見えない。かぶっているフードはパーカーのフードではなく、マントに帽子がついているといえば言いのだろうか。
某有名ファンタジー魔法学校映画の「名前を言ってはいけないXXX」がかぶっていそうなシロモノだ。
いやいや、怪しすぎでしょ。
フード男の前には古めかしい本が雑多に並べてある。
いわゆる路上販売というやつだ。営業許可はもちろん取っていなさそう。
かかわってはダメだ。とんでもないものを売りつけられるに決まっている。
美菜は顔をふたたび前へ戻して歩き始める。
「いまならたったの千円で王子様を呼べちゃうよ」
王子様の叩き売りか! とツッコミを入れたくなって足を止める。
「……どういうことですか?」
ああ、とうとう口をひらいてしまった。
こういう場合、会話を始めてしまったらマズイ。絶対に不利な流れに持っていかれてしまう。
流されやすいという自覚があるにもかかわらず美菜はフード男の目の前に立った。
ここのところ残業続きで、今日はめずらしく日が暮れる前に帰ることができているのにこんなことをしている場合ではない。
そうは思えど、文句をつけるべく怪しげな男を見おろす。
「いいかげんなこと言わないでくださいよ。王子様を呼べるって、そんな」
そもそもいったいどこのどんな王子様を呼ぶというのだ。
追求すると、男は顔を上げずに話し始める。
「ここではない世界の王子様を召喚できます。この本を使えば、イッパツで」
「はは、ばかばかしい」
「ばかばかしいかどうかは、試してみればわかります。さあ、いまならなんと500円!」
「さっきよりも安くなってるよ!?」
「もってけドロボウ、100円でもオーケー!」
「……ホントに?」
男はウンウンと縦に何度も頭を振っている。
いやいや、まさか。この世の中、そう簡単に王子様を召喚できてたまるものか。
25歳のいい大人なら普通は信じないところなのだが、このときの美菜はどうしてか財布を取り出し500円玉を男に向けていた。
「あ、おつりください。100円なんでしょ」
「はいはい。きみ、がめついね」
「じゃ、買わない」
差し出した手を引っ込めると、男は慌てたようすで言い繕う。
「ごめん、ごめん。はい、おつりの400円」
100円玉4枚を財布のなかに入れ、それから古びた赤い装丁の本も手中におさめた。
本当に王子様を召喚などできるわけがないとわかっている。
ただ、もしかしたら面白い本かもしれない。100円で暇つぶしができるのなら安いものだ。
美菜は家路を急ぎながら、古書をめくった。