美菜は自宅マンションに戻ったあと、風呂と食事を済ませてベッドに大の字になった。
仕事帰りに購入した古書を天井に掲げる。
装丁はまあ、美しい。
深みのある赤色を基調に、端は金糸でかたどってある。
分厚い本だけれど、もともと読書は好きなほうなので問題ない。
ベッドで寝転がった状態のままページをめくり、読み始める。
……つまらない。
まだほんの数ページしか読み進めていないが、文章に魅力が感じられない。
読むのをやめてしまおうかと思いながらも惰性で読んでみる。
……やはりとんでもなくつまらない。
たかが100円、されど100円。買わなければよかったと後悔して本を閉じかけた、そのとき。
目の前が急に明るくなった。
もともとシーリングライトをつけて本を読んでいたから明るかったのだが、それ以上に、星が爆発するとでもたとえればいいのだろうか。とにかく急激なまぶしさが美菜を襲った。
いま目の前は真っ黄色だ。
ぐんっ、と布団が沈み込んだような気がした。
「ーーっ!?」
視界はあいかわらず黄色い。
しかしそれは光によるものではなくて、黄色い髪と瞳の見知らぬ男が目の前にいるから、だ。
いや、ここはもっと別の言いかたをしよう。
金髪に琥珀色の瞳をした麗しい男が、美菜に覆いかぶさっている。
「もっ、もしかして、王子様?」
うわずった声音で尋ねる。
男は秀麗な眉の根を寄せてなにごとかつぶやいた。
「……はい?」
日本語ではない。
たぶん、英語でもない。
男の顔立ちは彫りが深く、外国人だとは思うけれど、どこの国の言語なのかはサッパリわからない。
というか、そもそも冷静にこんなことを考えている時点でどうかしている。
光とともにいきなり見知らぬ男が現れたのだ。
夢でないのならあり得ない状態だ。
そして、男がなぜか素っ裸なのも解せない。
彼はなにも身につけていない。ところどころに泡のようなものがくっついているけれど、これはなんなのだろう。
薔薇の香りがする。
王子様らしき男がさらになにか言っているが、まったく理解できないでいると、その麗しい顔が急に近くなった。
つい反射的に息を止める。
そのまましばらく、息を止めざるを得なくなった。
唇が、重なっている。
「~~っ!?」
ますますわけがわからない。
とりあえず、彼の唇は柔らかい。
って、そんなこと考えてる場合じゃないって。
呆然としているあいだにキスは終わった。
「……どう? 僕が言ってること、わかる?」
あ、日本語だ。
美菜はすぐにコクコクとうなずく。
「きみもなにかしゃべってみて?」
なんて甘ったるい響きなのだろう。
腹の底に響く、吐息まじりの低音。こんなに近い距離でささやかれてはたまらない。
美菜はしどろもどろしながら口をひらく。
「あ、あの……王子様、ですか?」
「うん、そうだよ」
会話が成り立ってホッとする。それは彼も同じなのか、表情が柔らかくなったような気がした。
これからどんな甘い会話が始まるのだろうと、心を弾ませる。
「ええと、僕はさっきまで風呂に入っていたんだが……。もしかしなくてもきみの仕業かな?」
王子様の言葉を聞いた美菜はピシッと凍りついた。
金髪の彼は笑っているけれど確実に怒っていらっしゃる。
漫画でよく見る、こめかみに血管が浮き出ているあのマークが書かれているような表情だ。
こんな表現で伝わるの定かではないが、とにかく目の前の王子様が不機嫌なのには違いない。
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仕事帰りに購入した古書を天井に掲げる。
装丁はまあ、美しい。
深みのある赤色を基調に、端は金糸でかたどってある。
分厚い本だけれど、もともと読書は好きなほうなので問題ない。
ベッドで寝転がった状態のままページをめくり、読み始める。
……つまらない。
まだほんの数ページしか読み進めていないが、文章に魅力が感じられない。
読むのをやめてしまおうかと思いながらも惰性で読んでみる。
……やはりとんでもなくつまらない。
たかが100円、されど100円。買わなければよかったと後悔して本を閉じかけた、そのとき。
目の前が急に明るくなった。
もともとシーリングライトをつけて本を読んでいたから明るかったのだが、それ以上に、星が爆発するとでもたとえればいいのだろうか。とにかく急激なまぶしさが美菜を襲った。
いま目の前は真っ黄色だ。
ぐんっ、と布団が沈み込んだような気がした。
「ーーっ!?」
視界はあいかわらず黄色い。
しかしそれは光によるものではなくて、黄色い髪と瞳の見知らぬ男が目の前にいるから、だ。
いや、ここはもっと別の言いかたをしよう。
金髪に琥珀色の瞳をした麗しい男が、美菜に覆いかぶさっている。
「もっ、もしかして、王子様?」
うわずった声音で尋ねる。
男は秀麗な眉の根を寄せてなにごとかつぶやいた。
「……はい?」
日本語ではない。
たぶん、英語でもない。
男の顔立ちは彫りが深く、外国人だとは思うけれど、どこの国の言語なのかはサッパリわからない。
というか、そもそも冷静にこんなことを考えている時点でどうかしている。
光とともにいきなり見知らぬ男が現れたのだ。
夢でないのならあり得ない状態だ。
そして、男がなぜか素っ裸なのも解せない。
彼はなにも身につけていない。ところどころに泡のようなものがくっついているけれど、これはなんなのだろう。
薔薇の香りがする。
王子様らしき男がさらになにか言っているが、まったく理解できないでいると、その麗しい顔が急に近くなった。
つい反射的に息を止める。
そのまましばらく、息を止めざるを得なくなった。
唇が、重なっている。
「~~っ!?」
ますますわけがわからない。
とりあえず、彼の唇は柔らかい。
って、そんなこと考えてる場合じゃないって。
呆然としているあいだにキスは終わった。
「……どう? 僕が言ってること、わかる?」
あ、日本語だ。
美菜はすぐにコクコクとうなずく。
「きみもなにかしゃべってみて?」
なんて甘ったるい響きなのだろう。
腹の底に響く、吐息まじりの低音。こんなに近い距離でささやかれてはたまらない。
美菜はしどろもどろしながら口をひらく。
「あ、あの……王子様、ですか?」
「うん、そうだよ」
会話が成り立ってホッとする。それは彼も同じなのか、表情が柔らかくなったような気がした。
これからどんな甘い会話が始まるのだろうと、心を弾ませる。
「ええと、僕はさっきまで風呂に入っていたんだが……。もしかしなくてもきみの仕業かな?」
王子様の言葉を聞いた美菜はピシッと凍りついた。
金髪の彼は笑っているけれど確実に怒っていらっしゃる。
漫画でよく見る、こめかみに血管が浮き出ているあのマークが書かれているような表情だ。
こんな表現で伝わるの定かではないが、とにかく目の前の王子様が不機嫌なのには違いない。