「ウィルのお兄さんが最低なやつだってことはわかった。でも、そんな人からうっかり本を買っちゃった私も、悪いのかな……」
「そうそう、だまされるほうがわる――ってぇ!」
パンッ、とフード男の頭を叩くウィル。
私も一発殴っていいかな。
そんなことを考えながら右手でこぶしを作る。
「それじゃあミナ、僕たちはこのへんで失礼するよ。みっつめの魔法のせいできみは僕を忘れてしまうけど、ごきげんよう」
「……は?」
握り込んでいたこぶしをひらく。そういえば先ほどもウィルの兄がそのようなことを言っていた。
「ちょっと待って、どういうこと?」
「僕たちの世界の存在を知られるわけにはいかないからね」
「な……っ、誰にも言わないよ。言っても信じてもらえないだろうし」
「それでも、ダメなんだ。これは僕らの世界でのしきたりだから。ほら、兄さん。早く準備して」
ウィルに急かされたフード男は「えー」と言いながらも宙になにかを描き始めた。
「そ、んな……。勝手すぎるよ、ウィル」
恨めしいのか恋しいのか、自分でもよくわからなかった。腹立たしくて、しかし寂しい。
もう彼にはこの先ずっと会えなくなるのか。存在すらも、忘れてしまうのかと思うと、言いようのない感情に覆われる。
「うん、ごめんね。僕がもとの世界に帰ったらきみは僕を忘れるけど、僕は違う。いつかまた会えたら、そのときはちゃんと恋をしよう」
そんな言いかたはずるい。もう会うことはないだろうし、万が一、ふたたびまみえることがあっても美菜はウィルを覚えていない。そんな状態で『恋』をするなんて――。
「……わかった。じゃあ会いに行くから、私が」
部屋のなかが大きな光に包まれた。彼が美菜の目の前に姿を現したときと同じ、すさまじいまぶしさの光。
もうほとんどなにも見えない。それでも、王子様がほほえんだのはなぜかわかった。
「……っ!?」
急に頭のなかにモヤがかかり始めた。不可抗力の強引な眠気に襲われる。
美菜はよろよろとベッドから立ち上がり、机のうえのペンを手に取ってふたたびもとの場所に戻った。
赤い装丁の本に、走り書きをする。
考えていたことのすべてを書き終われない。意識がどんどん遠くなっていく。
美菜は本とペンを持ったまま、どさりと布団のうえに倒れ込んだ。
***
深夜に目を覚ました美菜は呆然とあたりを見まわした。
どうやら電気をつけっぱなしで眠っていたらしい。
あれ、どうしてパジャマじゃないんだろう。
たしか路上販売で怪しげな本を買って、風呂と食事を済ませてパジャマ姿で本を読み始めたはずだ。
しかしそのあとのことがどうしても思い出せない。ぼんやりと、誰かの顔が浮かぶけれど、それ以上は黒く塗りつぶされたように記憶に穴が開いている。
ふと、手もとにあった赤い装丁の本に気がつく。そうそう、買ったのはこの本だ。
赤い本を手に取ると、表紙になにか落書きがしてあった。
……意味がわからない。
寝ぼけて落書きしてしまったのだろうか。どこをどう見ても自分の字だ。
何気なくページをめくり、読み始める。
ああ、やっぱり――とんでもなく、つまらない。
つまらないのに涙があふれるのは、なぜだろう。
FIN.
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「そうそう、だまされるほうがわる――ってぇ!」
パンッ、とフード男の頭を叩くウィル。
私も一発殴っていいかな。
そんなことを考えながら右手でこぶしを作る。
「それじゃあミナ、僕たちはこのへんで失礼するよ。みっつめの魔法のせいできみは僕を忘れてしまうけど、ごきげんよう」
「……は?」
握り込んでいたこぶしをひらく。そういえば先ほどもウィルの兄がそのようなことを言っていた。
「ちょっと待って、どういうこと?」
「僕たちの世界の存在を知られるわけにはいかないからね」
「な……っ、誰にも言わないよ。言っても信じてもらえないだろうし」
「それでも、ダメなんだ。これは僕らの世界でのしきたりだから。ほら、兄さん。早く準備して」
ウィルに急かされたフード男は「えー」と言いながらも宙になにかを描き始めた。
「そ、んな……。勝手すぎるよ、ウィル」
恨めしいのか恋しいのか、自分でもよくわからなかった。腹立たしくて、しかし寂しい。
もう彼にはこの先ずっと会えなくなるのか。存在すらも、忘れてしまうのかと思うと、言いようのない感情に覆われる。
「うん、ごめんね。僕がもとの世界に帰ったらきみは僕を忘れるけど、僕は違う。いつかまた会えたら、そのときはちゃんと恋をしよう」
そんな言いかたはずるい。もう会うことはないだろうし、万が一、ふたたびまみえることがあっても美菜はウィルを覚えていない。そんな状態で『恋』をするなんて――。
「……わかった。じゃあ会いに行くから、私が」
部屋のなかが大きな光に包まれた。彼が美菜の目の前に姿を現したときと同じ、すさまじいまぶしさの光。
もうほとんどなにも見えない。それでも、王子様がほほえんだのはなぜかわかった。
「……っ!?」
急に頭のなかにモヤがかかり始めた。不可抗力の強引な眠気に襲われる。
美菜はよろよろとベッドから立ち上がり、机のうえのペンを手に取ってふたたびもとの場所に戻った。
赤い装丁の本に、走り書きをする。
考えていたことのすべてを書き終われない。意識がどんどん遠くなっていく。
美菜は本とペンを持ったまま、どさりと布団のうえに倒れ込んだ。
***
深夜に目を覚ました美菜は呆然とあたりを見まわした。
どうやら電気をつけっぱなしで眠っていたらしい。
あれ、どうしてパジャマじゃないんだろう。
たしか路上販売で怪しげな本を買って、風呂と食事を済ませてパジャマ姿で本を読み始めたはずだ。
しかしそのあとのことがどうしても思い出せない。ぼんやりと、誰かの顔が浮かぶけれど、それ以上は黒く塗りつぶされたように記憶に穴が開いている。
ふと、手もとにあった赤い装丁の本に気がつく。そうそう、買ったのはこの本だ。
赤い本を手に取ると、表紙になにか落書きがしてあった。
……意味がわからない。
寝ぼけて落書きしてしまったのだろうか。どこをどう見ても自分の字だ。
何気なくページをめくり、読み始める。
ああ、やっぱり――とんでもなく、つまらない。
つまらないのに涙があふれるのは、なぜだろう。
FIN.
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