もうすぐ春だ。暦の上ではすでに春だけれどまだまだ寒い。
エアコンが壊れてしまった研究室は本当に寒い。早く帰りたいのに、帰れない。その原因が自分にあるものだから、なおさら帰れない。
山科 麗奈(やましな れな)は無心でキーボードを叩いていた。
大学の一角、北側に位置する狭くて寒い研究室には虚しくキーボードの音だけがこだましている。
「さて……あとは僕と山科さんでやっておくから、みんなは先に帰っていいよ」
研究室のボスが口をひらいた。みんなはその言葉を待ってましたと言わんばかりに、手早く荷物をまとめ始めた。
「明日は7時に集合ね。疲れてるだろうけど、遅れないように」
にこやかにほほえみながら、先生はヒラヒラと手を振っている。
彼の本性を知っている私からすれば、この善人ヅラには嫌気がさす。
「麗奈、ごめんね。頑張ってね!」
「山科さん、あとちょっとだから、ファイト!」
研究室のメンバーは口々に励ましの言葉を口にしながら部屋を出て行こうとしている。
「うん、私のせいで本当にごめん。お疲れ様」
麗奈はあいまいに笑った。もう夜中の0時をまわっている。もうちょっと手伝ってよ、とは言えない。
それもこれも、研究発表を明日に控えた大切ないま、うっかりウイルスメールをひらいてデータを吹っ飛ばしてしまった私が悪いのだ。バックアップを取る時間を惜しんだ五時間前の自分が心底憎い。
「さぁて、どう責任を取ってくれるんだ、麗奈」
「っ、だから、すみませんって何度も言ったでしょ!」
「口のききかたがなってねえな。小学校からやり直してくるか?」
「それは隼斗もでしょ」
「俺はいいんだよ。おまえのはボスに対する言葉遣いじゃないっつってんだ」
ガタンと金属音を立てて、泊沢 隼斗(とまりざわ はやと)は机の端に腰をおろしてワイシャツのえりもとをゆるめた。
麗奈は恨めしさが伝わるように意識して、二重人格さながらの豹変ぶりを発揮している彼を見上げた。
「なんだその目。誰のせいでこうなったのか、わかってねぇみたいだな」
隼斗は目を細めてこちらを見おろした。麗奈は肩をすくませて視線を落とした。
彼とは幼馴染で、歳が離れているせいか、小さいころからいつもいじめられていた。
大学に入ったときも、まさか隼斗が先生をしているなんて知らなくて、しかも勝手に彼の研究室に入れられてしまっていたのだ。
「おまえ見てるとホント、イライラする。ドンクサイのがいつまで経っても治らねえ」
だったら何で自分の研究室に入れたのよ。
そう思ったけれど、ここで言い返していてはキリがない。
「……ゴメンナサイ」
「は? ナニ素直に謝ってんだよ。つうかなにに対して謝ってるわけ」
「いろいろ、ていうか全部! どうせ私が悪いのよっ」
タンッと大げさにエンターキーを押したあと、いましがた復元したグラフは見ることができなかった。
パソコンのとなりに腰かけていた隼斗からあごをつかまれて無理やり顔を上向けられたからだ。
「生意気なのも変わらねぇ」
「私、もう帰っていい? あとは家でするから。ここ、寒いし……」
「無責任なのも相変わらずだ」
「だからっ、家でするって言って……っ、ちょ、なに……っ」
痛いくらいに腕をつかまれ、となりの執務室に連れてこられた。部屋はエアコンがよくきいていて暖かい。
「お前のせいで根を詰めすぎてホント疲れた。気晴らしにやらせろよ、麗奈」
壁と腕に囲われ、身動きが取れない。隼斗はシュルシュルとネクタイをゆるめ、自身のワイシャツのボタンを片手で器用にはずしていった。
服を着ているときは細身に見えるのに、意外と身体の線はしっかりしている。
……って、ちがう違う! 私、なにを見てるのっ!
「冗談は止めてっていつも言ってるでしょ。私、隼斗みたいに軽くないんだから」
「可愛くねぇやつ。そんなんだから二十歳を過ぎても処女なんだよ、おまえは」
「はっ、隼斗には関係な……んっ!」
ナニコレ。いつもと明らかに違う。普段からエッチな事を言われて馬鹿にされてきたけれど、唇を塞がれるのは初めてだった。
「ん、ん……っ!」
彼の胸を叩いたら素肌に当たって、言いようのない焦燥がますます駆け巡る。
変だ、今日の彼は何か変。
「バーカ、なに焦ってんだよ」
目の前が急に明るくなった。彼は歳に似合わずいたずらっぽく笑い、赤い舌をのぞかせて唇の端をペロリと舐めている。
「初めてのキスはどうだった?」
ふたたび迫りくる隼斗の顔を、麗奈はとっさにうつむいて避けた。
「初めてじゃ、ないし」
「ふうん。反吐が出そうなほどヘタクソなのに、初めてじゃないのか。もっと上手なやりかた、教えてやるよ」
「い、いいっ、必要ないっ」
麗奈は彼に背を向け、心を落ち着かせたくて両手を胸にギュッと押し付けた。
キスが初めてなのはバレている。これ以上、向かい合っていたらどんどんボロが出そうだ。
「おまえ、いまどういう状況か理解してるか?」
耳もとで、ひときわ低い声がした。彼のそんな声音は聞いたことがなくて、麗奈はビクンと肩を震わせた。
「明日は発表会なのに、データを壊しちゃって……それで、いま復元してて……」
「おまえって、ホント馬鹿だな。いまが貞操の危機だって、わかってないわけ」
「……っや!」
彼の両手がかすかに胸に触れて、麗奈は腕全体を使って胸もとを押さえた。
「ちっせえ胸。ガキのころと、たいして変わってないだろ」
先ほどから言われ放題だ。いい加減にして欲しい。
「そんなこと、ない。これでも大きくなったんだから……」
「じゃ、見せろ」
虚勢を張ったのはヤブヘビだった。セーターのすそから侵入してきた彼の手はいとも簡単に押さえの腕を取り去った。
「あっ、う……っ、冷た……ん、んっ」
ブラジャーのカップを強引に持ち上げ、隼斗は麗奈のふくらみを触診するかのように丹念に揉み込む。
「やっぱりちっせえじゃねえか。柔らかさは、まあまあか……。もう少し弾力が欲しいとこだ」
「や、めて……ふっ、ぅ!」
「感度はいい。ホラ、もっと喘げ」
「あぅん! っん、ふぁ……」
ふくらみの先端をカリッと引っかかれ、痛みと同時に認めたくない心地よさを感じて、情けなくなった。
「や、だ、やめ……隼斗、やだ……っんく」
「……おまえが成人するまで、こっちは何十年も我慢してたんだ。そう簡単にやめられない」
つぶやき声はとても低く小さかった。だから、彼がなにを言ったのかハッキリとは聞き取れなかった。
エアコンが壊れてしまった研究室は本当に寒い。早く帰りたいのに、帰れない。その原因が自分にあるものだから、なおさら帰れない。
山科 麗奈(やましな れな)は無心でキーボードを叩いていた。
大学の一角、北側に位置する狭くて寒い研究室には虚しくキーボードの音だけがこだましている。
「さて……あとは僕と山科さんでやっておくから、みんなは先に帰っていいよ」
研究室のボスが口をひらいた。みんなはその言葉を待ってましたと言わんばかりに、手早く荷物をまとめ始めた。
「明日は7時に集合ね。疲れてるだろうけど、遅れないように」
にこやかにほほえみながら、先生はヒラヒラと手を振っている。
彼の本性を知っている私からすれば、この善人ヅラには嫌気がさす。
「麗奈、ごめんね。頑張ってね!」
「山科さん、あとちょっとだから、ファイト!」
研究室のメンバーは口々に励ましの言葉を口にしながら部屋を出て行こうとしている。
「うん、私のせいで本当にごめん。お疲れ様」
麗奈はあいまいに笑った。もう夜中の0時をまわっている。もうちょっと手伝ってよ、とは言えない。
それもこれも、研究発表を明日に控えた大切ないま、うっかりウイルスメールをひらいてデータを吹っ飛ばしてしまった私が悪いのだ。バックアップを取る時間を惜しんだ五時間前の自分が心底憎い。
「さぁて、どう責任を取ってくれるんだ、麗奈」
「っ、だから、すみませんって何度も言ったでしょ!」
「口のききかたがなってねえな。小学校からやり直してくるか?」
「それは隼斗もでしょ」
「俺はいいんだよ。おまえのはボスに対する言葉遣いじゃないっつってんだ」
ガタンと金属音を立てて、泊沢 隼斗(とまりざわ はやと)は机の端に腰をおろしてワイシャツのえりもとをゆるめた。
麗奈は恨めしさが伝わるように意識して、二重人格さながらの豹変ぶりを発揮している彼を見上げた。
「なんだその目。誰のせいでこうなったのか、わかってねぇみたいだな」
隼斗は目を細めてこちらを見おろした。麗奈は肩をすくませて視線を落とした。
彼とは幼馴染で、歳が離れているせいか、小さいころからいつもいじめられていた。
大学に入ったときも、まさか隼斗が先生をしているなんて知らなくて、しかも勝手に彼の研究室に入れられてしまっていたのだ。
「おまえ見てるとホント、イライラする。ドンクサイのがいつまで経っても治らねえ」
だったら何で自分の研究室に入れたのよ。
そう思ったけれど、ここで言い返していてはキリがない。
「……ゴメンナサイ」
「は? ナニ素直に謝ってんだよ。つうかなにに対して謝ってるわけ」
「いろいろ、ていうか全部! どうせ私が悪いのよっ」
タンッと大げさにエンターキーを押したあと、いましがた復元したグラフは見ることができなかった。
パソコンのとなりに腰かけていた隼斗からあごをつかまれて無理やり顔を上向けられたからだ。
「生意気なのも変わらねぇ」
「私、もう帰っていい? あとは家でするから。ここ、寒いし……」
「無責任なのも相変わらずだ」
「だからっ、家でするって言って……っ、ちょ、なに……っ」
痛いくらいに腕をつかまれ、となりの執務室に連れてこられた。部屋はエアコンがよくきいていて暖かい。
「お前のせいで根を詰めすぎてホント疲れた。気晴らしにやらせろよ、麗奈」
壁と腕に囲われ、身動きが取れない。隼斗はシュルシュルとネクタイをゆるめ、自身のワイシャツのボタンを片手で器用にはずしていった。
服を着ているときは細身に見えるのに、意外と身体の線はしっかりしている。
……って、ちがう違う! 私、なにを見てるのっ!
「冗談は止めてっていつも言ってるでしょ。私、隼斗みたいに軽くないんだから」
「可愛くねぇやつ。そんなんだから二十歳を過ぎても処女なんだよ、おまえは」
「はっ、隼斗には関係な……んっ!」
ナニコレ。いつもと明らかに違う。普段からエッチな事を言われて馬鹿にされてきたけれど、唇を塞がれるのは初めてだった。
「ん、ん……っ!」
彼の胸を叩いたら素肌に当たって、言いようのない焦燥がますます駆け巡る。
変だ、今日の彼は何か変。
「バーカ、なに焦ってんだよ」
目の前が急に明るくなった。彼は歳に似合わずいたずらっぽく笑い、赤い舌をのぞかせて唇の端をペロリと舐めている。
「初めてのキスはどうだった?」
ふたたび迫りくる隼斗の顔を、麗奈はとっさにうつむいて避けた。
「初めてじゃ、ないし」
「ふうん。反吐が出そうなほどヘタクソなのに、初めてじゃないのか。もっと上手なやりかた、教えてやるよ」
「い、いいっ、必要ないっ」
麗奈は彼に背を向け、心を落ち着かせたくて両手を胸にギュッと押し付けた。
キスが初めてなのはバレている。これ以上、向かい合っていたらどんどんボロが出そうだ。
「おまえ、いまどういう状況か理解してるか?」
耳もとで、ひときわ低い声がした。彼のそんな声音は聞いたことがなくて、麗奈はビクンと肩を震わせた。
「明日は発表会なのに、データを壊しちゃって……それで、いま復元してて……」
「おまえって、ホント馬鹿だな。いまが貞操の危機だって、わかってないわけ」
「……っや!」
彼の両手がかすかに胸に触れて、麗奈は腕全体を使って胸もとを押さえた。
「ちっせえ胸。ガキのころと、たいして変わってないだろ」
先ほどから言われ放題だ。いい加減にして欲しい。
「そんなこと、ない。これでも大きくなったんだから……」
「じゃ、見せろ」
虚勢を張ったのはヤブヘビだった。セーターのすそから侵入してきた彼の手はいとも簡単に押さえの腕を取り去った。
「あっ、う……っ、冷た……ん、んっ」
ブラジャーのカップを強引に持ち上げ、隼斗は麗奈のふくらみを触診するかのように丹念に揉み込む。
「やっぱりちっせえじゃねえか。柔らかさは、まあまあか……。もう少し弾力が欲しいとこだ」
「や、めて……ふっ、ぅ!」
「感度はいい。ホラ、もっと喘げ」
「あぅん! っん、ふぁ……」
ふくらみの先端をカリッと引っかかれ、痛みと同時に認めたくない心地よさを感じて、情けなくなった。
「や、だ、やめ……隼斗、やだ……っんく」
「……おまえが成人するまで、こっちは何十年も我慢してたんだ。そう簡単にやめられない」
つぶやき声はとても低く小さかった。だから、彼がなにを言ったのかハッキリとは聞き取れなかった。