初めて鈴音《すずね》の味を知ったのは、年齢を片手で数えられるころ。
「――きょくやさま、はやくっ! こっちに!」
鈴音は幼いころは天真爛漫な女の子だった。
それはきっと、次期国主だとか侍女の家系だとか、そういったことを気にしていなかったからだ。
「まてまてーっ」
弟の白夜《びゃくや》が大声を出しながら追いかけてくる。
いま思えば、鬼ごっことはなんとも滑稽な話だ。『ごっこ』ではなく、まぎれもなく『鬼』だというのに。
手招きをする鈴音に対して、極夜《きょくや》はうなるように「んん」と返事をした。双子の弟、白夜がよくしゃべるからか、どうも口数が少なくなってしまう。
鈴音にいざなわれ極夜は茂みのなかに身を隠した。
「ここならきっとみつからないよ」
どうやらこの茂みにひそんで白夜をやり過ごそうという作戦だ。
(白夜は鼻がいいから、こんなところに隠れていてもすぐに見つかる)
そう思ったが、しょせんは遊びだ。見つかってもべつにかまわない。
極夜はなにも言わず、茂みのなかで膝を抱えて縮こまる。
いっぽう鈴音は極夜のとなりでそわそわと落ち着かないようすであたりをうかがっていた。茂みから頭を出したり引っ込めたりと、忙しない。
「――っ」
鈴音が声のない悲鳴を上げる。
それからすぐに漂ってきた『匂い』で、鈴音のほうを見ずとも何が起こったのかわかった。
「いたた……」
小枝で指を擦りむいた鈴音は痛そうに傷口のまわりをさすっていた。
血が、にじんでいる。
それを目にしたとたん、心臓がドクッと大きく跳ねた。
目の前が白くなったり黒くなったりと、めまぐるしく変化する。
鈴音の顔が二重に見えた。全身の血がたぎるように熱い。脈も早い。自分はいったいどうしてしまったのだろう。
これ以上、彼女のそばにいてはまずいことになると直感した。
極夜は鈴音に背を向け、立ち上がろうとする。
「まって、きょくやさま。みつかっちゃうよ」
「……ッ!」
手首をつかまれた極夜はビクッ、と大きく体を震わせた。
「……きょくやさま?」
極夜のようすがおかしいことに気がついた鈴音は不思議そう首を傾げ、彼の顔をのぞき込む。
血の匂いが、濃くなった。
(ああ……だめだ)
極夜の瞳が紅く燃え上がる。
細い手首をつかみ、にじみ出ている血をちゅっと口をすぼめてすする。鈴音は目を丸くしている。
(……うまい)
極夜は喉を鳴らし、鈴音の体を抱き寄せた。
決して、そうしようと思ってしたわけではない。気がつけば白い首すじに牙を突き立てていた。
「きょく、や、さま――」
か細い声。いまにも消え入りそうな、はかなげな声。
加減を知らず鈴音の血をむさぼったあの日以来、彼女を常にそばに置くようになった。
それは、子どもじみた独占欲。
二十歳になったいまも、変わらずその欲を持ち続けている。
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「――きょくやさま、はやくっ! こっちに!」
鈴音は幼いころは天真爛漫な女の子だった。
それはきっと、次期国主だとか侍女の家系だとか、そういったことを気にしていなかったからだ。
「まてまてーっ」
弟の白夜《びゃくや》が大声を出しながら追いかけてくる。
いま思えば、鬼ごっことはなんとも滑稽な話だ。『ごっこ』ではなく、まぎれもなく『鬼』だというのに。
手招きをする鈴音に対して、極夜《きょくや》はうなるように「んん」と返事をした。双子の弟、白夜がよくしゃべるからか、どうも口数が少なくなってしまう。
鈴音にいざなわれ極夜は茂みのなかに身を隠した。
「ここならきっとみつからないよ」
どうやらこの茂みにひそんで白夜をやり過ごそうという作戦だ。
(白夜は鼻がいいから、こんなところに隠れていてもすぐに見つかる)
そう思ったが、しょせんは遊びだ。見つかってもべつにかまわない。
極夜はなにも言わず、茂みのなかで膝を抱えて縮こまる。
いっぽう鈴音は極夜のとなりでそわそわと落ち着かないようすであたりをうかがっていた。茂みから頭を出したり引っ込めたりと、忙しない。
「――っ」
鈴音が声のない悲鳴を上げる。
それからすぐに漂ってきた『匂い』で、鈴音のほうを見ずとも何が起こったのかわかった。
「いたた……」
小枝で指を擦りむいた鈴音は痛そうに傷口のまわりをさすっていた。
血が、にじんでいる。
それを目にしたとたん、心臓がドクッと大きく跳ねた。
目の前が白くなったり黒くなったりと、めまぐるしく変化する。
鈴音の顔が二重に見えた。全身の血がたぎるように熱い。脈も早い。自分はいったいどうしてしまったのだろう。
これ以上、彼女のそばにいてはまずいことになると直感した。
極夜は鈴音に背を向け、立ち上がろうとする。
「まって、きょくやさま。みつかっちゃうよ」
「……ッ!」
手首をつかまれた極夜はビクッ、と大きく体を震わせた。
「……きょくやさま?」
極夜のようすがおかしいことに気がついた鈴音は不思議そう首を傾げ、彼の顔をのぞき込む。
血の匂いが、濃くなった。
(ああ……だめだ)
極夜の瞳が紅く燃え上がる。
細い手首をつかみ、にじみ出ている血をちゅっと口をすぼめてすする。鈴音は目を丸くしている。
(……うまい)
極夜は喉を鳴らし、鈴音の体を抱き寄せた。
決して、そうしようと思ってしたわけではない。気がつけば白い首すじに牙を突き立てていた。
「きょく、や、さま――」
か細い声。いまにも消え入りそうな、はかなげな声。
加減を知らず鈴音の血をむさぼったあの日以来、彼女を常にそばに置くようになった。
それは、子どもじみた独占欲。
二十歳になったいまも、変わらずその欲を持ち続けている。