クールでウブな上司の襲い方 《 第一章 05

 根菜の煮物をこまめに味見しながら昼食づくりを進め、あとはよそうだけになったところで柏村主任を呼びに行く。
 台所からいちばん近いところに彼の部屋がある。いっぽう優樹菜の部屋は柏村の部屋からずいぶんと離れている。
 干渉しないように、と言われてしまったので、彼のとなりの部屋に寝泊まりするのは避け、空き部屋をふたつほど隔てた最奥の部屋を私室として間借りすることにした。

(私としては、すぐとなりの部屋がよかったけど……。さすがに、ね)

 うざったいやつだと思われたくない。断られたにもかかわらずしつこくここに住み込ませてほしいと申し出た時点ですでによい印象を持たれていないだろうから、慎重に、かつ一ヶ月のあいだにどうにかしなくてはならないのでなかなか難しいところだ。


 さて、彼を落とすための『作戦その一』はすでに遂行中である。
 優樹菜は白いエプロンの下に、胸もとが大きくあいたVネックのセーターを着ている。
 『清純そうなエプロンを脱いだら思いがけず色っぽくてドキッ! 意識しちゃう……!』という、単純だが、意識してもらうにはきっと効果的であろう方法をまずは試みることにした。
 古ぼけた板張りの上を歩き、柏村主任の部屋の前で止まる。ノックをして呼びかける。

「主任、お昼ごはんができました」
『……ああ』

 扉の向こうからくぐもった返事が聞こえてきた。彼が出てくるのをしばし待つ。

「……あの、主任?」

 おずおずと呼びかける。またしてもしばしの間があった。

『……先に台所に戻っていてくれ。すぐに行くから』
「あ、はい……」

 優樹菜はがっくりと肩を落としてとぼとぼと台所へ戻った。

(そりゃ、他人なわけだけどさ。もうちょっとこう、フレンドリーに……。いやいや、一緒に住んだからって急に距離が縮まるほど簡単にはいかないか……)

 会社では『柏村主任はガードが固い』と有名だ。どんな美人からの誘いもかたくなに断り、浮いた話はひとつもないのだ。
 きっとさぞ絶世の美女が恋人なのだろう、といううわさがあるくらいだったのだが――。

(ああ、そうよ……。休日に引きこもっているからって、恋人がいないと決めつけるのは早合点すぎたわ。遠距離恋愛でなかなか会えない、とかかもしれないし)

 あとでそれとなく探りを入れてみよう、と決意しつつ、昼食を皿によそってちゃぶ台の上に並べた。
 柏村主任はすぐにやって来た。グレーのスウェットと黒縁メガネはそのままだが、髪の毛はいくぶんか整っているような気がする。時間が経って寝癖が落ち着いただけかもしれないが。

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