クールでウブな上司の襲い方 《 第一章 06

 柏村は両の手のひらを合わせて小さな声で「いただきます」とつぶやき箸を取った。
 彼のななめ前に腰をおろし、優樹菜はさっそうと白いエプロンを外す。

(ど、どうかな……?)

 チラリと横目で反応をうかがう。柏村主任は黙々とご飯を食べていて、その視線はお皿にしか向いていない。

(う、うう……)

 見向きもされない現状にガックリと肩を落としてうなだれる。こちらにはまるで関心がないようすだ。
 優樹菜は彼に気付かれないようにこっそりとため息をつき、煮物を箸でつついた。

(……ああ、会話がなくて気まずい)

 主任は食事中はテレビを見ない派のようだ。そういえば祖母の節子も、食事中はテレビをつけず家族と会話している。
 なにか話題をと考えあぐねて、思いついたのは先ほどの疑問だけだった。単刀直入に柏村主任にぶつけてみる。

「主任はいま、その……恋人はいらっしゃるんですか?」
「いたらきみと同居なんてまさしくしないだろうな」
「あ、そう……ですね」

 やはりフリーだったか、と安心しつつも、ガッついているのがばれてしまったかもしれない、とも考えて少し落胆する。

(少し黙っておこう……)

 柏村主任と同じように押し黙ってお昼ごはんを食べ進める。
 ほー……ほけきょ、とうぐいすの鳴き声が聞こえた。庭の木にとまっているのだろう。きれいに手入れされている和風の庭を眺めつつ、ふたりはその後も静かに食事をした。


 昼食を終えて後片付けを済ませ、ハンドバッグを片手に玄関へ向かっているときだった。トイレから出てきた柏村主任と出くわした。

「あ、えーと……。買い出しに行くんですけど、なにか必要なもの、ありますか?」
「いや……」

 主任の瞳がこちらをまじまじと見おろしている。
 こっちを見てほしい、とせつに願っていたわけだが、実際にそうなると――どうもいたたまれない。

「……その格好で行くのか?」
「は、はいっ」

 意識してもらえたのだろうかとにわかに心が湧き立つ。

「今日は思いのほか冷えるからコートを羽織っていったほうがいい。風邪を引くぞ」

 優樹菜はほころんだ口もとのまま固まった。

(おばあちゃんみたいなこと、言うのね……)

 優樹菜が薄着で出かけようとしているといつもそうして声をかけてくれていた。

「そうですね……。そうします」

 まわれ右をして自室へ戻る。

「ホント、まだまだ冷えますよね、もうすぐ春だっていうのに」

 優樹菜の春は、まだまだおとずれそうにない。
 柏村は優樹菜の前を歩いていた。彼の部屋の前にさしかかる。しかし柏村は部屋のなかに入ろうとしない。

「……?」

 優樹菜が通り過ぎるのを待っているようだ。
 軽く会釈をして彼の部屋を通過し、最奥の自室へ向かう。
 このとき優樹菜は、彼のこの行動を気には留めなかった。

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