クールでウブな上司の襲い方 《 第一章 07

 食材の買い出しを終えて岩代荘に戻った優樹菜は下宿屋の掃除に取り掛かった。
 玄関まわりと庭の枯れ葉をほうきで掃き、そのあとは廊下や台所、居間の床や畳を一掃して、家具や窓の汚れを落としていった。
 掃除中といえどミッションは忘れていない。『作戦その二』は『お部屋掃除で急接近! 床ドンあるかも!?』である。
 優樹菜はお目当ての彼の部屋以外の掃除をせっせと終わらせて、自室を手早く片付けたあとに満を持して柏村主任の部屋へ向かった。

(おばあちゃんの話だと、彼の部屋もおばあちゃんが掃除してるって言ってたし)

 あらかじめ祖母から下宿屋の業務範囲を大まかに聞いていた。そのなかには住人の私室の掃除も含まれているので、優樹菜は大手を振って彼の部屋に侵入できるというわけだ。
 トクトクとにわかに心を弾ませながら柏村主任の部屋をノックする。玄関には今朝と同じような状態のまま彼の靴が置いてあったから、外出はしていないはずた。

『……はい』

 扉はひらかず、声だけが聞こえてきた。なんとか聞き取れる音量だった。

「あ、えっと……。すみません、おやすみでしたか?」
『いや』
「あ、でしたら……お部屋の掃除をさせていただきたいのですが、よろしいですか?」
『けっこうだ』

 ああ、デジャヴだ。この下宿屋に住み込みで働くことを一度は断られたのほんの数時間前。まだまだ記憶に新しい出来事だ。
 またしても申し出を断られ、しかし予測していた事態なのでへこたれはしない。

「主任、お言葉ですが、祖母から言付かっております。こちらのお部屋も掃除するように、と」

 仰々しく得意げに言ってみる。祖母の名を出せばイッパツだろうと、心のどこかで思っていた。

『いや、いい。俺の部屋は放っておいてくれ』

 しかし主任は思いのほか頑なだった。

「で、でも……。ええと……」

 あわててほかのこじつけを考えるが、思いつかない。

「……では、失礼します。すみませんでした」

 結局は二の句が継げず、引き下がるしかなかった。

(うーん、誤算だった……)

 優樹菜は口を尖らせてとぼとぼと長廊下を歩いた。

(まあ、いいか)

 あわよくば彼の部屋を見てみたいと思っていただけだ。主任の部屋に入れてもらえなくても、食事のときには顔を合わせることになる。

(あんまりしつこくして、よけいに嫌われたら困るし)

 現段階ですでに好かれている気はしない。むしろ迷惑がられているという自覚はおおいにある。

(よしっ、次は豪華な夕飯を作って家事力のアピールだ)

 ふんっ、と鼻息を荒げて意気込み、優樹菜は次なる作戦の遂行に移るのであった。

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