クールでウブな上司の襲い方 《 第一章 09

 柏村主任と同居を始めて数日が経った。
 幸か不幸か、とくに問題もなく平穏に過ぎている。
 お風呂でバッタリなどという嬉しいハプニングもなにもない。
 週末、夕飯の片付けをしながら優樹菜は考え事をしていた。

(いくら私が主任に好意があるからって、他人なんだから一緒に住むとなるとなにかあるかな、ってちょっとは覚悟してたんだけど……)

 なんの摩擦もなく共同生活ができているのは、彼が食事のとき以外はほとんど部屋に引きこもっていて、かつ食事を含め優樹菜の行動についてなにも言わないからだろう。
 味付けはどうかと聞いても「ちょうどよい」だし、なにか不便なことはないかと聞いても「なにもない」と返される。
 本当にそうなのか、それとも遠慮をしているの判別がつかない。

(もっと知りたいな、主任のこと)

 ふう、と静かに息をつき、キュッと蛇口を閉めてタオルで手を拭き、エプロンを外して台所を出る。
 ちょうど柏村主任の部屋の前を通りかかったときだった。
 ガチャッ、キイッと音を立てて彼の部屋の扉が大きくひらいた。

「……っ」
「……!」

 ばったり出会っただけなら、ふたりは息をのんではいない。
 大きくひらいた扉の向こう――柏村主任の私室がどんなふうになっているのか、バッチリ目撃してしまった。

「わ、わたし……なにも見てません!」
「……見たんじゃないか」

 パタン、と後ろ手に部屋の扉を閉めながら柏村は床の隅に視線を投げた。

「あ、ええと、その……」
「……気持ち悪いだろう」

 ぶんぶんと頭を左右に振って彼の言葉を否定する。
 柏村主任の部屋は想像とかけ離れていて驚きはしたけれど、それがどうということはない。趣味は千差万別、人それぞれだ。他人がとやかく言うことではない。
 それよりも、彼が着ている水色のワイシャツの襟が大きくひらいていて、鎖骨がのぞいていることのほうがむしろ気になる。

「えっと……くまっぷまん、私も好きですよ?」

 色っぽい首もとをこれ以上意識してしまわないように、と思って話しかけた。

「……本当か?」

 柏村の表情がわずかに明るくなる。
 ――彼の部屋は大量のぬいぐるみであふれかえっていた。
 部屋のなかを見たのは一瞬なのですべてかどうかはわからないが、『くまっぷまん』という、昔から子どもたちに大人気のキャラクターのぬいぐるみだ。
 優樹菜はにっこりとほほえんで話を掘り下げる。

「私、姪と一緒にくまっぷまんの映画を見に行ったりしますよ」
「……俺はいつもひとりで見に行く」

 柏村の表情がふたたびかげる。先ほどと同じように「気持ち悪いだろう」とつぶやいた。

「そっ…んなこと、ないです。あ、いま新作の映画をやってますよね! もうご覧になりました?」
「いや、まだだ」
「じゃあ、一緒にどうですか? 明日あたり」

 優樹菜の提案に、コクンと無言でうなずく柏村はまるで、褒美を約束されてなだめられた幼な子のようだった。

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